第18話

「素晴らしい! 実に素晴らしい! あれこそがまさしく僕の思い描くセラさんだ!」


「クロノ、かわいい……かわいい、クロノ……」


「リクト様もクロノ君も実に可憐だ……」


「なるほど……これが美咲さんの言っていた『はぁはぁ』するということですね」


 過激な衣装を身に纏ってイーストエリアを堂々と歩く風紀委員とリクトたちを眺め、協力すると言って無理矢理警備に参加して野次馬たちの誰よりも近くでセラたちの姿を見ている貴原は興奮し、ノエルも弟のかわいい女装姿に無表情ながらも興奮していた。


 そんな二人の様子を見て、優輝と沙菜は呆れたようにため息を漏らす。


「貴原君、ノエルさん……目的、見失わないようにね」


「もちろんですよ、優輝さん! この貴原康! セラさんたち風紀委員に手を出す輩がいるのならば、容赦はしません」


「今のクロノの邪魔をするなら、誰であっても容赦はしません」


 ため息交じりに放たれた優輝の忠告に、ぎらついた危ない光を瞳に宿した貴原とノエルは力強く、当然だと言わんばかりに頷く。


 言葉通りの意志を気圧されるほど強く感じ取った優輝は、「そ、それならいいんだけど……」とこれ以上小言を言って二人を刺激しないようにした。


「それにしても、まさかこんなに集まるなんて思いもしませんでしたね……」


「今日から風紀委員の衣装が過激になるって、誰かさんが情報を流したみたいだからね」


「なるほど、そういうことですか……」


 想定以上に人が集まった原因を優輝の一言で沙菜はすぐに理解し、呆れた。


「こんなに人が大勢いる中で、アルトマンさんたちは一体何をするつもりなのでしょう」


「それはわからないよ……ただ、彼らは絶対に動く。間違いなくね」


「確かに、アカデミー都市にいる人だけでなはなく、休日のためにアカデミー都市外部から来た観光客の人たちがいるこの状況は目立つのには絶好の機会ですが――私たち警備も相当数います。一か所に固まっている人数ならば、二週間前の煌石一般公開よりもいます。そんな中で、本当にアルトマンさんたちは行動を起こす――いいえ、起こせるのでしょうか」


 風紀委員の元に野次馬たちが殺到するのを防ぐため、アルトマンたちがいつ襲ってきても彼らを守れるように制輝軍や、大量のガードロボット、アカデミー側が用意した大勢の人員が風紀委員周辺に配置されている状態で、本当にアルトマンたちが動き出すのか、動いたとしてもどう動くのかが沙菜にはまったく予測できなかった。


 しかし、優輝は今日にも相手は必ず動くと確信していた。


 もちろん、確証はあるわけではないが、それでも昨日の父との会話を思い返し、何かアルトマンたちが使命感を持っていると感じるとともに、煌石一般公開から二週間しか経っていない短期間で焦りを感じさせるほど積極的に動いているからこそ、必ず動くと確信していた。


 ――さあ、来い。

 いつでも来い……いつだって相手になってやる。


「優輝さん、大丈夫ですか?」


 急に黙って思い詰めた表情を浮かべる優輝に、沙菜は心配そうに声をかけると、「……うん、大丈夫だよ」と優輝は一瞬の間を置いて反応し、自分を心配する沙菜に感謝の笑みを向ける。


 心配してくれている沙菜の思いを受け取って気が楽になり、心配させないように力強い笑みを浮かべて気丈に振舞うのだが、沙菜には優輝が無理していることは一目瞭然だった。


「やっぱり、お父様――宗仁さんと戦うのに迷いを抱いていますか」


「まだわからないことや納得できないことが多いから、ほんの少しだけね――でも、相手は迷いなく本気でこちらに向かってくる。だから、ある程度の覚悟は決めてるよ」


「それでも、無理しないでくださいね?」


「無理しても沙菜さんが一緒にいてくれるから大丈夫。だから、こうして俺はここにいられるんだ。それに、あの父親をボコボコにできると考えれば、少しワクワクもしてるからさ」


「あ、ありがとうございます……」


 甘ったるい雰囲気が流れる優輝と沙菜だが、そんな二人の空気を台無しにするように「しかし――」と貴原が無遠慮に間に割って入ってくる。


「伝説の聖輝士・久住宗仁――本当に、外道・アルトマンに心から協力しているのでしょうか? 僕はいまだに信じられませんな。セラさんたちと接触を図ったということですから、何かアルトマンたちの裏をかいて、彼らを内側から潰そうと画策しているのではないでしょか」


「貴原君の期待を裏切って申し訳ないけど、残念だけどあの人――父はそんなつもりはないよ。こちらと接触しても肝心な情報は何一つ口にしなかったし、向こう側にいるかなり過激な新しい協力者の存在も黙認しているみたいだからね」


 敵か味方かわからない中途半端な父の態度を思い出して忌々し気にそう説明し、優輝は不安げな瞳をノエルに向けた。


「ノエルさん……セラから聞いたけど、セラを狙った正体、そして、君が出会った七瀬君と一緒にいた少女の正体は、本当に……――」


「ええ、間違いなくファントムです。確証はありませんが間違いありません」


 確証はない、か……

 でも、ノエルさんが確証のないことを大っぴらに言う性格ではない。

 つまり、ファントムが生きているって確信があるんだ。

 同じイミテーション同志にしかわからない、何かがあるんだ……

 やっぱり、ファントム……生きているのか……


 優輝の質問内容を先読みしたノエルは、淡々と、包み隠さずハッキリと少女の正体を告げた。


 何も知らなかった貴原は「な、何ですと?」目が飛び出る勢いで驚いていたが、セラからおおよその内容を聞かされていた優輝と沙菜はノエルの答えを聞いて表情を不安で暗くさせた。


 優輝にとっては長年自分に成り代わっていただけではなく、自分を薬漬けにして廃人にさせた張本人であり、恨みと同時にトラウマも抱いている人物だった。


 一方の沙菜にとっては、長年尊敬し、淡い恋心さえも抱いていた相手が死神・ファントムであり、自分に優しくしてくれた思い出がすべて偽りで、自分を裏切った、怒りと同時に弱かった自分を思い出させる存在だった。


 その人物が少女に姿を変えて蘇ったこという事態に、二人は不安しか抱けなかった。


「ファントムかもしれない少女と対面して、ノエルさんは何かを感じましたか?」


 ファントムと対峙して交戦した場合、何か参考になるかと思って優輝はノエルに質問すると、ノエルは小首を傾げて数瞬考えた後答える。


「相変わらず周囲を威嚇するような圧倒的な力を放ち、どす黒い邪悪な気配を放っていましたが――何かが違っていました」


「何かが違う、とは?」


「……すみません、漠然としないのでわかりません」


 以前のファントムとは何かが違うというノエルの言葉を聞いて、その点について深く尋ねる優輝だが、上手い言葉が見当たらないノエルは答えられない。


「あのファントムが傍らにいた七瀬幸太郎に制されていたのを見て、そう思えたのです」


「せ、制したって、あの七瀬君が? ど、どうやって……」


 少女であっても圧倒的な力を放つ相手に気圧されることなく、制したという煌石を扱える以外、特筆すべき力を持っていない少年・七瀬幸太郎がファントムを制したという話に、優輝はにわかには信じられなかった。


「どうと言われても……そうですね、普通に。主従関係? いえ、兄妹? ファントムは鬱陶しそうに、邪険にしながらも、七瀬さんの言葉に従っていました」


「……本当に不思議な人だ、七瀬君は」


「ええ……同感です」


 本当に少女の正体がファントムなら、奴を制した七瀬君は大したものだ。

 あの偏屈な父に気に入られる理由が少しわかったかもしれないな……

 それにしても、七瀬幸太郎――

 何だか父の掌で踊らされているような気分だけど、興味深い人物だ。

 ……会ってみたいな。


 扱いはひどいがそれでもファントムかもしれないじゃじゃ馬な少女を手懐ける七瀬幸太郎に更なる興味を抱き、改めて不思議な人であると思う優輝に、ノエルも頷いて同意を示した。


「輝石が扱えない役立たずであるにもかかわらず煌石を扱え、久住宗仁氏が興味を示し、ファントムかもしれない少女を上手く手懐けるとは……只者ではないな、その七瀬幸太郎とやらは」


「貴原君も七瀬君に興味があるのかい?」


 自分よりも弱い人間をとことん下見る貴原にとって、輝石を扱えずにアルトマンに協力する幸太郎は自分よりも下に見るはずだと優輝は思っていたのだが、自分たちと同じく興味を抱いている様子に意外に思っていた。


 意外そうに自分を見つめる優輝に、釈然としない、それでいて、僅かに苛立った様子で首を傾げる貴原。


「興味がある、ということではないとは思うのですが何でしょうね……その名前を聞く度にイライラするというか、何というか……しかし、まあ、優輝さんの言う通り、不思議な人物であるのは確かですかね? 認めるのは癪ですが」


 あの貴原君にも、興味を抱かせるか……

 やっぱり、不思議だ……会ってみたいな……


 何だかんだ言いながらも幸太郎に興味を持ち、認めている素直ではない貴原の様子を優輝は微笑ましく思いつつも、貴原でさえも興味を抱かせる七瀬幸太郎という人物に改めて興味を抱いてしまった。




―――――――――




「リクトとクロノ、かわいい……何だか敗北感が……」


 イーストエリアから、訓練所などが立ち並ぶウェストエリア付近に歩いている風紀委員と一緒にいるクロノとリクトの女装姿を眺め、女として何だか敗北感を覚えてしまうアリス。


 そんなアリスとは対照的に、周囲の状況に大和は嬉々とした笑みを浮かべていた。


「いやぁ、予想以上の盛り上がりだね♪」


「盛り上げさせ過ぎよ! 節度を知りなさい、節度を!」


 一人自分の思い通りになって楽しんでいる大和を叱る巴。


 アカデミー都市内外に今日から風紀委員尾活動が更に活発化し、着る衣装も過激になるという情報を流したのは大和であり、ここまで騒ぎが大きくなったのは彼女の手によるものだった。


「まあまあ、別にそんな目くじらを立てなくてもいいじゃない巴さん。盛り上がれば盛り上がる分だけアルトマンは動く確率が高くなるんだからさ」


「動いた時の危険性を考えなさい! 大勢が集まればその分周囲に被害が出るのよ」


「多少の被害はある程度覚悟してるし、こんな大騒ぎになった以上人が集まるのは当然。リスクを最小限に抑えるために各方面から協力を頼んで警備の応援をしてもらったし、警備の配置も考えたんだしそんなに気負わなくてもいいって。後は周りを信じてリラックスしようよ」


「被害が出る前提で考えるのはやめなさい。被害を全力で防ぐことを考えなさい」


「はいはい。まったく、厳しいなぁ巴さんは」


 もっともな巴の言葉に何も反論できない大和は誤魔化すように笑って、彼女の言葉をスルーした。


「というか、どこからあんな破廉恥な衣装を用意してるのよ」


「ああ、あれは海外でファッションデザイナーやら、下着会社やら、色々な会社を経営している麗華のお母さんに頼んで用意してもらったんだ。今回のことを説明したら、快く協力してくれて、リクト君たちの衣装も用意したんだよ」


 何気ないアリスの疑問に、大和は嬉々とした様子で答えた。


 風紀委員の活動が更に過激になった原因である麗華の母に呆れるとともに、リクトとクロノの可憐な姿が拝めたので心の中で拍手を送るとともに、改めてアリスはすべてが大和の思い通りに進んでいることを察して、射貫くような鋭い目を彼女に向けた。


「全部があなたの思い通りになっているみたいだけど……魂胆は何?」


「もちろん、アルトマンを捕まえるため、アカデミーのために決まっているじゃないか」


 単刀直入なアリスの質問に、予め答えを用意していたと言わんばかりに大和はスラスラとそう答えたが、何か裏があるのは明白だった。


「そう思っているかもしれないけど、何かを隠している」


「手の内はもう曝け出しているから大丈夫だよ」


「何が狙いなの?」


「まあ、とにかく僕を信じてよ」


 アリスの追及を軽薄な笑みを浮かべて大和は適当にはぐらかして逃げて、「あ、そうだ」と強引に話を替えた。


「七瀬幸太郎君が持っていたっていうショックガンだけど、あれから何かわかった?」


 はぐらかされても追及の手を止めるつもりはなかったアリスだが、答え辛い大和の質問に少し動揺してしまい、思わず追及の手を止めてしまう。


 そんなアリスの一瞬の隙を見逃すことなく勝ち誇った笑みを浮かべた大和は話を続ける。


「不思議だよね、彼の持っていたショックガン。ヴィクターさんが作ったことがないって言っているのに、ヴィクターさんが作ったショックガンなんだから」


「……本人も不思議がってる」


 本人が開発した覚えがないのに、明らかに父が開発し、改造した痕跡が残っている、七瀬幸太郎が持っていたショックガンの存在がアリスの頭の中に違和感として残っていた。


 その違和感の正体を掴めば、何か重要なものが見つかり、気づくことができる――そう思っているのだが、その正体を掴めないどころか、考える度に正体が遠のいてしまう気がしていた。


「……ねえ、アリスちゃん、巴さん」


 軽薄な笑みを消して、神妙な面持ちで大和は不意にアリスと巴を呼ぶ。


「僕たち、何か忘れて――」


 頭の中に、胸の中に残る違和感の正体を説明しようとする大和だが――


 その瞬間、軽快な打ち上げ音とともに花火が上がった。


 突然軽快な音が響いて青空の元に放たれた花火に、野次馬たちはもちろん、この場を警備している大和たちの視線が宙に集まった。


 突然の花火に全員が驚くが、全員風紀委員の活動を目立たせるために花火が打ち上げられたのだと思い、不自然には思っていない様子だった。


「……もしかして、花火も用意したの?」


「そんなこと用意した覚えも、話も聞いていないんだけどなぁ――あ、やばいかも……――」


 何気ないアリスの質問に、大和は緊急事態であることに気づく。


 しかし、時既に遅し――


 風紀委員周辺に昨日と同じく赤黒い煙に包まれた。

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