第23話

「な、何ですの、この状況は……一体どうなっていますの!」


 多数の負傷者がいる輝士団本部前に、驚愕と激しい怒りが込められた麗華の叫び声にも似た怒声が響き渡った。


「どうやら、想像以上の状況のようだ――……おっと、あれは――」


 ショックを受けている麗華とは対照的に落ち着いている大和は、教皇庁本部前にいる、傷だらけの満身創痍の状態で地面に両膝をついている刈谷と大道に気づいて、負傷者がいる中軽快な足取りで二人に近づき、遅れて麗華も後に続く。


「二人とも随分と手ひどくやられちゃったみたいだね」


「あなたたち二人がいてこの状況――相手が相手とはいえ、何をしていましたの!」


 傷だらけの大道と刈谷に駆け寄るや否や、麗華は怒声を張り上げ、大和は呑気な様子で二人の状態を見て嬉々とした表情を浮かべる。


「面目ない……」


 麗華の怒りを甘んじて受け止めた大道は余計な言い訳をすることなく頭を下げたが、刈谷は不服そうな表情を浮かべて機嫌が悪そうだった。


「あんな化け物相手にするなんてこっちは一言も聞いてねぇよ!」


「もしかして、逃げられちゃった?」


「輝士団本部の中にいるよ! 多分、ティアの姐さんを……クソ! さっさと駆けつけなきゃならねぇのに……」


 ダメージが残った身体を振い起そうとするが、怪我の痛みで起き上がれない刈谷は顔をしかめ、ティアを助けに行けない自分に怒りと歯痒さを覚えていた。


「四年前に実力のある聖輝士せいきしたちを襲っていた『死神』の実力はどうやら本物みたいだね」


「お前、アイツの正体知ってたのか? 知ってたならどうして早く言わねぇんだよ!」


 久住優輝が死神――ファントムであることを知っている口ぶりの大和に、刈谷は八つ当たり気味の怒声を張り上げ、大道は静かに大和に対しての不信感を募らせる。


「彼の正体を知ったのはついさっきだし、連絡したけど刈谷君、携帯に出なかったかっら」


「ここで一時間近く大道と睨み合ってたんだ……その状況で呑気に電話に出れねぇだろ――イテテテっ……まったく、参った、ホント、参ったぜ、クソ!」


 大和に振り回されてばかりで苛立っている刈谷は忌々しげに舌打ちをして、自分の苛立ちをぶつけるようにアスファルトの地面を殴りつけた。


 大道だけではなく刈谷も大和への不信感を募らせているが、そんなことをまったく気にしていない大和は軽薄な笑みを浮かべて話を続ける。


「さて、まだ君たちには役割があるから、もうちょっと頑張ってね」


「……まるでこの状況になったのが狙い通りだという口ぶりだな」


「大道さん、悪いんだけど今は口論している暇はないんだ。最後の仕上げには大道さんの協力が必要不可欠なんだから――……輝動隊のみんなー! 僕の声が聞こえるー?」


 大道との会話を遮って大和は大袈裟に大きく息を吸ってから、少し間を開けて肺にため込んだ空気を一気に吐き出すとともに大声を張り上げた。


「まあ、気絶して聞いてない人もいるけどー! 僕の声が聞こえている輝動隊のみんなと輝士団のみんなに頼みたいことがあるんだー! というか、僕は輝動隊の隊長・伊波大和だから輝動隊のみんなは強制ねー! 逆らったらお仕置きするからー! それじゃあ、今から言うことは輝士団のみんなにはお願いすることで、輝動隊のみんなには強制ねー!」


 緊張感の欠片もない若干間延びした声で前置きをしてから、わざとらしく咳払いをして再び大和は大袈裟なアクションで息を大きく吸って、息を吐くと同時に大声を張り上げる。


「仲が悪いと思うけどー! 今から輝動隊、輝士団関係なく、動ける人がいたら負傷者の応急手当てをしてね! それと、敵の攻撃が再び来るかもしれないから応急手当てが済んだら負傷者と一緒に輝士団本部から離れてねー! 輝士団と輝動隊なんて関係なく、今は同じアカデミーに通う一生徒として傷ついた生徒を介抱し、守ること!」


 緊張感のないふざけた口調から一気にいっさいの有無を言わさぬ凛とした声に変化して、輝動隊隊長のその声は確かに心身ともに傷だらけの輝動隊・輝士団に届いていた。


「机を並べた間柄だというのに、この状況でまだ敵と味方でしか人を区別できないのなら――栄えあるアカデミーに通う者として、輝石使いとして、人として恥と思え! ――じゃあ、僕からは以上ー! みんな協力してねー! それじゃあ大道さん、お願いしまーす!」


 前半の真剣な勢いは嘘のように後半は別人のように緊張感のない口調に戻り、輝動隊隊長としての器を垣間見せながらも、すぐに締まりがなくなる大和だが、それでも、確実に大和の声は届いていた。


 大和の輝動隊への命令、輝士団への懇願が終わると、負傷しながらも気絶しなかった輝士団、輝動隊たちの目に強い光が宿りはじめていた。


 唐突に大和に話を振られて戸惑う大道だが、信じていた人間に裏切られ、圧倒的な実力を見せつけられたのにもかかわらず、陰鬱とした周囲の空気が変わりはじめていることに気づき、一筋の光明が見えたので、すぐに自分も後に続いた。


「輝士団に告ぐ! 輝動隊隊長・伊波大和に従うこと! 今から輝士団としてではなく、一アカデミーの学生に戻り、負傷しているアカデミーの生徒の手当てをすること!」


 大和に続いて大道の声が響き渡ると――一瞬の沈黙の後、最初はポツポツとしたものだったが、すぐにバタバタとしたうるさいくらいの足音、そして、怒号が周囲に響き渡った。


 動ける輝士団、輝動隊たちは気絶している負傷者に駆け寄り、気絶している負傷者に大声で声をかけていた。


 輝士団、輝動隊関係なく、一人のアカデミーの生徒に戻り、自発的に動き出しはじめた、


 その光景に計算通りだというように大和は薄らと微笑んだ。


「計算通り、ですの?」


「……まあ、多少の食い違いはあったけどね」


 不満気な表情の麗華の質問に、大和は意味深な笑みを浮かべた。


「さて……まだ混乱すると思うから、刈谷君と大道さんはここに残って指示をお願いね」


「おいちょっと待てって! ここをほっぽり出して、お前らどうするつもりだ?」


「そんなの決まっていますわ!」


 この場を離れようとする大和と麗華を呼び止める刈谷に、麗華は真っ直ぐと半壊している輝士団本部を見上げながら声を張り上げる。


「今のアカデミーに過去の亡霊なんて必要ありませんわ! 行きますわよ!」


「あ、ちょっと待ってよ……まったく――……それじゃあ二人とも、後はよろしくね」


 怒り心頭といった様子で聞く耳を持たない麗華は輝士団本部へ向けて突っ走り、強敵相手に何も考えていない麗華に呆れながらも、大和はこの場を刈谷と大道に任せて彼女の後を追った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る