第三章 希望と絶望の間

第16話

「しっつこいですわね! ――必殺! 『エレガント・ストライク』!」


 麗華は声高々にダサい技名を叫ぶと、襲いかかってくる赤いマントを羽織った輝士団たちに向かい、光を纏った武輝であるレイピアを力強く一歩を踏み込んで、突き出すと、レーザー状の光の衝撃波が数十人の輝士団たちに襲いかかり、まとめて吹き飛ばした。


 麗華の放った光りの衝撃波は輝士団たちを倒しても止まらずに街路樹を薙ぎ倒す。


「このままではキリがありません……」


 忌々しげにそう言っているセラだが、多くの輝士団を相手にしても彼女の表情は涼しげだった。


 三人一気に襲いかかってくる輝士団たちの一斉攻撃を最小限の動きで回避したセラは、武輝である剣による攻撃と、体術によって一瞬で三人の輝士団を倒す。


 休む間もなくセラに襲いかかってくる輝士団だが、武輝に変化した輝石から力を絞り出し、その力を武輝である剣の刀身に纏わせ、襲いかかってくる輝士団に向かって、体勢を低くして、居合切りの要領で光を纏った剣を振るった。


 武輝に纏う力が光の刃となって輝士団たちに襲いかかり、彼らを薙ぎ倒す。そのまま光の刃は数本の街路樹を横に真っ二つにして、壁に大きな傷をつけた。


 幸太郎は襲いかかってくる輝士団からリクトを守りながら逃げて、自身の唯一の武器であるショックガンを連射していた――壁やアスファルト、そして、看板に向かって。


 リクトは幸太郎の後ろで隠れるようにして立ち、風紀委員たちの活躍を見ていた。


 今まで呑気だった風紀委員たちの様子とは異なり、大勢の輝士団が襲いかかってきても恐れることなく、圧倒的な力で実力者揃いの輝士団たちをねじ伏せる――幸太郎以外。


「本当にこんなことして大丈夫なんですか?」


「これが現在考える限りの最良の手段なのですわ!」


「ですが――ッ! これでは、私たちの立場がさらに悪くなるのでは!」


「立場なんて臨機応変で曖昧なもの――今は悪くても、事件を解決すれば美談として語り継がれますわ!」


「公共物を破壊する美談なんて、聞いたことがありませんよ――ッ!」


 襲いかかってくる輝士団を倒しながら会話をするセラと麗華。


 幸太郎はリクトを守りながら、ショックガンで様々な公共物を破壊しながら、つい三十分ほど前に麗華が思いついた作戦を思い出した。


 輝動隊を利用して輝士団の動きを封じる――そうするために、幸太郎はショックガンで公共物を破壊していた。公共物が破壊されれば、迷惑行為及び公共物破壊のために治安維持部隊は動く、それを麗華は利用するのだった。


 かつて、幸太郎が学食の食い逃げ犯を捕える時に、窓ガラスを割り、消火剤をぶちまけるという行為をして輝動隊が出動したことを思い出して、思いついた麗華の妙案だった。


「あ、あの……本当にこんなことしても大丈夫なんですか? もっと他の手が……」


「後で問題になりそうだけど、今はこれくらいしかできないから――リクト君もやる?」


「い、いえ、僕は遠慮しておきます……すみません……」


 リクトを破壊活動に参加させようとするために、幸太郎は持っていたショックガンを差し出すが、麗華の立てた作戦にまだ不安を抱いているリクトは丁重に断る。


 リクトが断り、幸太郎は少し残念そうでありながらも、少し安堵し、破壊活動を再開した。彼は自分でもできる簡単な破壊活動に愉悦を感じはじめ、嬉々とした表情でショックガンをぶっ放していた。


 こうして、風紀委員たちはリクトを護衛しながら、破壊してもあまり被害が出ないものを破壊しながら、目的地であるセントラルエリアにある教皇庁本部へと向かっていた。


 しかし、水月沙菜が言った通り、輝士団が風紀委員を敵と見なしたせいで、道中多くの輝士団を相手にすることになってしまった。輝士団の相手は二人に任せ、幸太郎はリクトを守りながら、周囲の公共物をショックガンで破壊していた。


「――あっ……」

「なんですの、その不安になる一言は……」


 破壊活動があまりに楽しすぎて、周囲を見ていなかった幸太郎は当たったらまずいものにショックガンの衝撃波を当ててしまい、思わず素っ頓狂な声を出した。


 幸太郎のその声に一気に不安になる麗華。


 一瞬の間を置いて、破裂音とともに水が天高く噴き出した。

ショックガンから放たれた衝撃波は、近くにあった消火栓を破壊したのだった。


「バカ! バカ! この大バカ! ここまで騒ぎを大きくしろとは言っていませんわ!」


 水が噴き出す轟音よりも響き渡る麗華の怒声に、思わず幸太郎は耳を塞いでしまう。


 リクトは怯えることも忘れ、噴き出る水を唖然とした様子で眺めていた。


「でも、見てください……この騒ぎに輝士団が驚いています。先を急ぐチャンスです」


 セラの言う通り、壊れた消火栓から噴き出た水に、輝士団たちは驚いており、どう対処していいのかまったくわかっていない様子だった。


「結果オーライ」


「ま、まあ、私の思い通りですわね! オーッホッホッホッホッホッホッホッ!」


 得意げにリクトに向けてサムズアップをする幸太郎。


 そして、まるで自分の指示と言わんばかりに自慢げに高笑いをする麗華。


 呑気な二人を見て、恐怖で強張っていたリクトの顔から力が抜けていた。


 輝士団が噴き出た水に注目している隙に、風紀委員たちは先を急いだ。




―――――――――――




「アッハッハッハッハッ! どうやら、麗華たちは派手にやっているみたいだね!」


 輝動隊本部にあるよくわからないポスターや小物等で溢れている隊長室に、心底愉快そうな輝動隊隊長・伊波大和の豪快な笑い声が響いた。


 大和の隣で、呆れている様子のティアは先程輝動隊隊員が持ってきた、被害報告書を眺める。報告書には、風紀委員による破壊活動で様々な公共物が破壊されたと記されていた。


 やれやれと言わんばかりにため息を漏らすティアだったが、すぐに普段と変わらぬ冷静沈着な表情に戻した。


「……メッセージと受け取るべきか」


「そうだね、公共物破壊事件――これで、輝動隊が事件に介入することができる」


 ティアの言葉に、大和は心底楽しそうな顔で頷いた。


「麗華たちに関してはに任せることにしたよ。その他諸々の指示とともにね」


「……彼ら? アイツのことなら大体予想はできるが……後の一人は誰だ」


「最近知り合ったんだけどね。麗華には大きな恩義があるみたいだから、協力をしてくれないかとさっき尋ねたら、二つ返事で了承をもらえたよ」


 そこまで説明を受けたら、何となくティアも納得したようだった。


「さてと……今のところの僕たちは裏方作業に徹するんだけど、さっそくティアさんにはさっき説明した通り、例のモノを揃えてほしいんだ」


「了解した」


「揃えたら指定した通りの集合場所に来てね。その後は――君の好きにしていいよ」


「……ああ」


 大和の好きにしていいと言う言葉を聞いて、ティアは相変わらずのクールな表情をしていたが、どことなく安堵したようでいて、そして、とても好戦的な顔をしていた。


「それじゃあ、そろそろ準備をって――おやおや、これは珍しいお客様だ」


 話が一段落して行動を開始しようとした大和だったが、視線の先にいる人物を見て動きが止まり、薄い笑みを浮かべた。


 大和の視線の先にいる人物を確かめるため、ゆっくりとティアは振り返ると、部屋の扉の前に輝士団団長・久住優輝が複雑そうな表情で立っていた。


 見る者すべてを凍てつかせそうな絶対零度の睨みで、ティアは優輝を出迎えた。


「輝士団の君がよくここまで入れたね。まあ、さすがに血気盛んな輝動隊のみんなでも、君を止めようとする勇敢な人はいないか。それで? 輝士団団長が何の用かな」


「風紀委員が公共物を破壊していると聞いて、そろそろお前たちが動き出すのではないかと思ったのだが――案の定だったようだな」


 ため息交じりでそう言った優輝に、大和はおどけたようにケラケラ笑う。


「さすがは久住君。その通り、これから行動するつもりなんだ」


 大和の言葉を聞いて、優輝は心底呆れたように深々とため息を漏らす。そんな様子の彼を見て、大和はいたずらっ子のように無邪気に笑っている。


「そうか――……無理に止めるつもりはない。しかし、お前たち輝動隊が行動することで、事態が混沌と化すことに注意しろ」


「混沌? フフフ……鳳グループと教皇庁は昔から混沌としている状態なのに、今更そんなことを気にしないでもいいのに」


 怪しげに笑う、感情が窺えない大和に、何か薄ら寒いものを優輝は確かに感じ取った。


 これ以上大和と話しても無意味だと感じた優輝は、気まずそうにティアに視線を向ける。


 相変わらずティアは何も言わず、ただジッと冷たい目で優輝を睨んでいた。


「ティア、セラのことは俺に任せてくれ。俺を――」


「信じられると思うのか?」


 優輝の言葉を普段は感情を表に出さないティアにしては珍しく、怒りの感情を露わにしたドスの利いた声で遮った。


「時間が惜しい。行くぞ、大和」


「そこで僕に話を振る? 気まずいなぁ……それじゃあね、優輝君」


 幼馴染である優輝と不必要に言葉を交わすことなく、ティアは足早に大和を連れて部屋の外に出た。


 部屋には優輝だけが取り残された。


 彼はティアを呼び止めることなく、ただ、ティアの「信じられると思うのか」というハッキリと自分を拒絶している言葉を、頭の中で何度も反芻させていた。




―――――――――――




 輝動隊本部から出た久住優輝を、クラウス・ヴァイルゼンは出迎えた。


 挨拶も軽い会釈もすることなく、クラウスは用件だけを優輝と話す。


「やはり、輝動隊は動きはじめているのか?」


「ええ……残念ながら」


 輝動隊が動き出すことを報告する優輝の表情は曇っていた。


 報告を聞いたクラウスは「そうか……」と、感情を感じさせない短い返事をしながらも、彼の顔は一瞬だけ忌々しそうな顔になった。


「輝士団は輝動隊と交戦するつもりなのか?」


「それはできません――今抗争してしまえばリクト様保護任務に支障をきたします」


 教科書通りの答えを聞いて、クラウスは小さく鼻を鳴らした。


「確かに君の言う通り、今は輝士団と輝動隊は争っている場合ではない。しかし、輝動隊――いや、鳳グループは今や死に体。度重なる不祥事で、今にも崩れようとしている。そのバランスを持ち直すためにはなんだってするぞ?」


「それはつまり……クラウスさんは、やむを得ない場合は輝動隊と抗争しろ――と?」


 クラウスの言葉を受けて、一瞬優輝は目を瞑り、すぐに目を開いてクラウスを睨む。


 睨まれるだけで全身の筋肉が緊張してくるのがクラウスにはわかった。


 下手なことを言ったら、一気に一触即発状態になるかもしれない雰囲気の中、余裕を崩していないクラウスは静かに口を開く。


「そこまでは言っていない。教皇エレナからはなるべく穏便に済ませるようにと言われている。そんなことをしてしまえば、教皇の信用を裏切ることになってしまう」


「なら、クラウスさんはこの状況をどうするつもりですか? あなたは、今回の一件の指揮を執っている人物だ――何かいい方法があるのでは?」


 意見を求めてきた優輝を見て、クラウスは気分良さそうな笑みを薄らと浮かべる。


 そんなクラウスの嫌らしい笑みに、優輝は不愉快な気持ちを隠すことなく表情に出した。


「輝動隊との交戦は君を含めた輝士団の中でも実力のある人間が間に入って仲裁すること。リクト様に関しては私が直々に追跡する。追跡する人員は私の方から選んだ信頼における人員を使う。異論は?」


「……ありません」


 異論は認めないと言うような口調のクラウスに、優輝は反論できなかった。反論してしまえば、現場の指揮を執っているクラウスに何をされるのかわからなかったからだ。


 ここではじめて優輝はクラウスに対しての不信感を抱いた。


 しかし、立場上滅多なことが言えない優輝は、悔しそうに固く拳を握った。


 何も言わず、ただ悔しさだけがヒシヒシと伝わってくる優輝を見下したように一瞥して、気分良さそうに笑うと、これ以上話すことがないクラウスは先を急いだ。


 そんなクラウスの背中を、不審そうに、不愉快そうに優輝は睨んでいた。


 クラウスの背中を見えなくなる距離まで見送ると、優輝はふいに空を仰いだ。


 空には黒い雲が流れて今にも荒れそうで、今の状況を指し示すかのようだった。




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