第2話

 心地良く揺れる車内で、長めの黒髪で頼りなさそうなくらい華奢な体躯をした少年――七瀬幸太郎ななせ こうたろうは大きく欠伸をして眠りから目を覚ました。


 目を覚ました幸太郎は、眠り目を擦りながらふいに窓の外の景色を眺めた。


 空はすっかり茜色に染まり、大きなビルが多く立ち並ぶ巨大な都市――アカデミー都市に幸太郎が乗っている車は確実に近づいていた。


 アカデミー都市の中央に遠くからでも一際目立つ、塔のようにそびえ立つアカデミーを経営している二つの組織の本部――教皇庁きょうこうちょう本部と鳳グループ本社を見て、一年ぶりに帰ってきたのだと幸太郎は感じて、感慨深げに徐々に近づくアカデミー都市を眺めていた。


「そろそろ到着します」


 窓に貼りつくように外の景色を眺めている幸太郎に向け、抑揚のない冷たい声が発せられた。


 その声の主――白髪の短めの髪を赤いリボンで結い上げ、雪のように白い肌の少女は幸太郎と向かい合うように座っており、感情がない虚ろな目を彼に向けていた。


 アカデミー高等部女子専用の白を基調とした制服を着た少女の表情は無表情であり、突き出た胸元には六角形の形をしたバッジをつけていた。


 冷たいが、神秘的で儚げな雰囲気を持つ少女の名前は白葉しろばノエル――夏休み最終日である今日、突然アカデミーに連れ戻すために幸太郎の自宅に訪問してきた。


 淡白に自己紹介をして、ノエルは両親と通っている学校には話がついていると簡単に説明すると、詳しい説明と質問をする時間すら与えずに幸太郎を半ば無理矢理車に入れた。


 急すぎる話について来れない幸太郎は車内でいくつか質問をしたが、ノエルは急遽決まったことであり、明日からアカデミーに通うことになると事務的な口調で説明するだけで、詳しい事情を説明することはしなかった。


 もっと質問をしたかったが、後回しにした夏休みの宿題を連日徹夜で消化したせいで、疲れ果てていた幸太郎は心地良い車の揺れに身を任せて涎を垂らして爆睡していた。


「もう着くんだ」


「道中混雑していたので三時間以上の道程でしたが」


「まだ眠れそう」


 眠そうに大きく欠伸をしながらまだ眠れると言った幸太郎の呑気な態度に、相変わらずノエルは無表情だが、呆れたような視線を彼に向けた。


「みんな元気かな……」


 アカデミーにいる友達のことを思い浮かべ、幸太郎は去年アカデミー去ってから連絡できなかった友達と再会できることに喜んでいた。


 しかし、そんな幸太郎をノエルは冷めた目で一瞥して、微かに意味深な笑みを浮かべた。


「白葉さん、この辺りでどこかお土産屋さんは――」

「そんな時間はありません」

「コンビニで夕飯のお弁当を――」

「これはタクシーではありません」


「……このまま真っ直ぐアカデミー都市に向かってください」


 自分の頼みをことごとく却下するノエルに、幸太郎は素直に引き下がった。


 しばらくして、重厚で大きな市門をくぐってアカデミー都市内に入った。


 幸太郎はアカデミー都市に入ってすぐに車の窓を開けた。


 テレビや雑誌で何度も目にする機会があったが、生で見て感じる久しぶりのアカデミー都市の風景は懐かしくもあり、一年経過しただけだというのにどこか目新しさもあった。


 一年ぶりのアカデミー都市の空気を感じて感慨深くなっている幸太郎を邪魔するかのように、突然車が急停止した。


 突然の急停止に怪訝に思い、フロントガラスに映る車の進行方向に視線を移すと、進行方向に強面の大男が車の行く手を阻むようにして立っていた。


 そして、進行方向だけではなく車を囲むようにして数人の男が現れた。


「歓迎?」

「違います」

「ヒッチハイク?」

「違います」


 呑気すぎる幸太郎の一言に、ため息交じりにノエルは否定した。


 ノエルが否定すると同時に男たちは『輝石きせき』を取り出し――輝石を『武輝ぶき』へと変化させる。


「私が行きましょうか?」


 進行方向にいる男を見て、ノエルよりも明らかに年上の運転手の男が獰猛な表情を浮かべて恭しくそう尋ねると、彼女は首を横に振った。


「結構です。もう――終わっています」


 そう告げた瞬間、空から光弾が流線を描いて男たちに向かって飛んできた。


 どこからかともなく飛んできた光弾に男たちは為す術もなく直撃して吹き飛んだ。


「出発してください」


 光弾が直撃して吹き飛んだ男たちを一瞥したノエルは、まるで何事もなかったかのように運転手に向けて車を出すように命令すると、倒れている男たちを無視して車が発進する。


「あの人たち、大丈夫かな」


「輝石使いなので問題ありません。気絶しているだけです」


「何だったんだろう」


「……あなたがいない間、アカデミーはということです」


 一連の出来事にキョトンとしている幸太郎に、ノエルは呟くようだが幸太郎にもあえて聞こえるような声で冷たくそう呟いた。


 アカデミー都市に戻って友達と再会できることに、喜びと期待に胸を膨らませている幸太郎を嘲笑うようなノエルの一言。


「世紀末――モヒカン?」

「……意味がわかりません」


 しかし、そんなノエルの一言に幸太郎は動じることなく、呑気に今のアカデミーの状況について思ったことを口に出して呑気な態度を崩すことはなかった。



―――――――――




 ノースエリアの駅前広場にショートカットの一際目立つ美しい容姿をしている少女――セラ・ヴァイスハルトが立っていた。


 凛々しくもあり美しくもあるセラは中性的でありながらもどこか女性的な繊細さと優しさを持っており、かわいいというよりも美しい外見をしていた。


 夕日を浴びて物憂げな表情を浮かべているセラは絵になり、道行く通行人たちは異性同性年齢問わず彼女の美しさに見惚れてしまっていた。


 何人かの男性は物憂げな表情を浮かべているセラに、見ているだけで満足できずに声をかけて遊びや食事に誘おうとしたが、セラは丁寧に断った。


 待ち望んでいた今日という日に、セラは他のことに構っていられなかった。


 期待に満ち溢れた目でセラは駅から出て家路につく人たちの顔を一人ずつ確認していた――だが、目当ての人物は現れなかった。


 ……まだかな……もうそろそろだと思うけど……


 午前中からずっとそう思いながら駅前広場である人物を待っていたセラは、期待に胸を膨らませると同時に、期待ではない何かがずっと胸を高鳴らせていた。


 そんなセラに、果敢にも今日で何人目かもわからない一人の人物が近寄り、彼女に話しかけようとしていた。


「彼は私たちが送りました」


 セラに近づいた一人の人物は、午前中からずっと駅前広場で待っていた彼女を嘲るような冷たい声でそう言い放った。


 物憂げな表情を浮かべていたセラはその声に表情が一気に強張り、険しくなる。


 声のする方へとゆっくりセラは睨むような鋭い視線を向けると、白髪の髪を赤いリボンで結い上げた少女・白葉ノエルが立っていた。


 ノエルもセラと同様、セラを睨むようにして見つめており、そのせいで二人の間に刺々しい空気が流れていた。


「……がわざわざ彼を迎えに?」


「正式に決まったのは今朝なので連絡も遅くなり、二学期開始の明日に間に合わせるため、迎えに行った方が早いと上が判断したので」


 事務的に質問を返すノエルに、セラは怪訝な顔をする。


「彼が戻ることは一月以上前から決まっていたハズです」


「一度はアカデミーを退学処分になった身。判断が遅くなるのは当然です。の妨害が多少ありましたが、滞りなく無事送ることができたのでご安心を」


 ノエルの言った妨害という言葉に胸の中で動揺するセラだが、無事に送ったという言葉を聞いて多少の安堵感は得られた。


「先日の一斉検挙に関しての抵抗ということらしいですが、来て早々面倒事に巻き込まれるとは先行きが不安ですね……まあ、今の状況では仕方がないことでしょうが」


「……それを理解しているのなら少しは対応をしてもらいたいところなのですが?」


「善処しましょう」


「その言葉はもう聞き飽きました」


「口先だけのあなた方には言われたくありませんが?」


「……それはお互い様でしょう」


 お互い睨み合いながらも、丁寧な口調で言い合うセラとノエルだが、二人からは傍目から見れば凄まじいほどの威圧感が放たれており、一触即発の状態になっていた。


 お互い睨み合ったまま沈黙して不穏な空気を発しているだけのセラとノエルだが、すぐにセラは自分を落ち着かせるように、そして、自戒するようなため息を軽く漏らした。


「……彼を助けていただいてありがとうございました」


 真っ直ぐとセラはノエルを見つめて、彼女に向けて頭を下げた。


 突然の感謝に、ノエルは無表情ながらも戸惑っている様子でセラを見つめた。


「それでは失礼します」


 そう言って、セラはさっさとノエルの前から立ち去った。


 ずっと会いたかった彼と――七瀬幸太郎と会うために、セラは幸太郎の元へと走った。


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