第三章 信頼と不信の先
第19話
制輝軍本部内にある取調室――刈谷との戦闘で負った傷が生々しく顔に残る多摩場は両手両足を拘束されて、椅子に座らされていた。
拘束されているにもかかわらず、多摩場は余裕そうに不敵な笑みを浮かべていた。
そんな多摩場の様子を、セラ、ノエル、村雨は睨んでいた。
「……それでは、多摩場さん。エリザさんたちはどこを隠れ家にしているんでしょうか」
「さあな……今頃、隠れ家を変えてんじゃねぇのか?」
ノエルの質問に多摩場はへらへらと軽薄な笑みを浮かべてそう答えた。
答える気はないと早々に察したノエルは次の質問に移る。
「あなた方の脱獄に手を貸した御使いのことに関して、何か知っていることは?」
「あの見るからに不審者の奴か。さあな、何も知らねぇよ。まあ、強いて言うなら信用できないってことだな」
「なるほど――……それでは、あなた方の目的は?」
「連日俺たちが何をしているのか、知ってんだろ?」
「鳳グループの施設の襲撃・破壊――その理由は?」
「復讐――そう答えれば満足か?」
適当にノエルの質問に答えていた多摩場だったが、ここで彼はセラに視線を移した。
挑発するような多摩場の目に、セラは激情が込み上げてくるが必死に堪える。
「随分遠回りな復讐だな――この間や今日のように、恨みがあるティアや刈谷さんを襲えばお前たちの復讐は完遂するのに」
激情を必死で抑えている、ドスの利いた声音で放ったセラの言葉に、多摩場は意味深な笑みを浮かべて、何も答えようとはしなかった。
……何か妙だ。
多摩場の態度に不自然さを感じるセラだが――多摩場の前のテーブルを叩き割らんとする勢いで殴りつけた激しい音が、セラの思考を遮った。
テーブルを殴りつけた人物は、憤怒の表情を浮かべている村雨だった。
「自分の状況を考えて、少しは真面目に答えたらどうだ?」
怒りに満ち溢れた村雨の言葉に、多摩場は意地が悪そうな笑みを浮かべた。
「相変わらず暑苦しい性格をしてるな、村雨――そうだ、お前が学生連合を仕切ってるんだってな。俺たちの隠れ家を提供してくれたお前らには感謝――」
「誰だ! 誰がお前たちに協力している! 言え! 言うんだ!」
多摩場の言葉を遮り、村雨は多摩場の頭を掴んでそのままテーブルに叩きつけた。
鈍い音が響き渡るが、テーブルに頭を叩きつけられた多摩場は心底愉快そうに大笑いしていた。
「おいおい、仮にもお前は俺と同級生だろ? 同じクラスにもなったことがあるし、そんな奴に、この仕打ちはひどいんじゃないの?」
「貴様のような奴に、遠慮は必要ない! 知っていることはすべて話せ!」
「相変わらず激しい奴だねぇ……そんなに知りたきゃ、お前のとこの人間に聞けよ……何か知っているかもしれねぇぞ」
「貴様……何を知っている!」
「落ち着いてください、村雨さん!」
村雨が怒る気持ちは十分に理解できるが、それでも放っておけば取調べが成り立たなくなると思い、セラは村雨を後ろから押さえつけて制止させる。
セラに押さえつけられても、しばらくはジタバタしてセラを振り解こうとしていたが、やがて村雨は諦めたように全身を脱力させて、多摩場の頭から手を放した。
怒りによる興奮で息が上がっている村雨は、軽く深呼吸をして自分を落ち着かせた。
怒りを鎮めながらも、激情に満ちた目で村雨は多摩場を睨むと、多摩場はニンマリと口の両端を吊り上げて挑発的な笑みを浮かべていた。
「それでは、取調べを再開しましょう」
自分の目の前で起きたことをまったく気にしていない様子で取調べを再開させるノエルだが――多摩場はケラケラと愉快そうに笑っており、これ以上何を質問しても笑っているだけで何も答えようとはしなかった。
――――――――――
「……ありゃあ、何も答えるつもりはねぇな」
別室で取調室に設置されたカメラの映像を眺めていた刈谷は、取調べで笑い続ける多摩場の様子にやれやれと言わんばかりにため息を漏らした。
刈谷の言葉に、多摩場を捕えたという連絡が来て制輝軍本部に急行したティア、そして、制輝軍に協力している元・輝動隊隊長の萌乃は頷き、幸太郎は眠そうに大きく欠伸をした。
「焦り過ぎだ、バカモノめ」
「そうねぇ……でも、村雨クンは悪い子じゃないし、純真無垢だから私はタイプよ」
村雨に呆れ果てているティアと、色っぽい笑みを浮かべてフォローをする萌乃。
「刈谷さん、村雨さんとも同級生だったんですね」
呑気な様子の幸太郎に呆れながらも、刈谷は「ああ」と頷いた。
「村雨は――まあ、思い込みが激しいところがあって、正義感に溢れて暑苦しいところがあるけど良い奴だよ。授業中寝てばっかだった俺にノート貸してくれたしな」
「……お前と同じで熱くなると暴走するということも付け足しておけ、バカモノが」
厳しいティアの一言に、刈谷は気まずそうな表情を浮かべて恐る恐る彼女を見る。
刈谷の目に映るティアは、全身から絶対零度の凍てついた空気を発しており、怒っていて、呆れ果てているような視線を自分に向けていた。
「あ、姐さん……も、もしかして、まだ怒ってます?」
「お前がそう思っているのなら、そうだろう」
「か、勘弁してくださいよ。は、反省しているんですから」
「……あれだけセラたちに迷惑をかけたのにもかかわらず謝罪の言葉はなく、ずっと一人でひねくれていたお前が、今更反省をしていると平然と言ってのけるとは随分都合の良い男だ。私の力が戻ったら、お前のひねた根性を一から叩き直すことにしよう」
容赦なく厳しい言葉を自分に吐き捨てるティアに、刈谷は本気でティアが怒っていると察して、深々とため息を漏らした。
「ティアさん、すごい怒っていますけど、刈谷さんに何かあったんですか?」
「君が戻ってくるちょっと前に、祥ちゃんがお友達の子と大喧嘩したの。騒ぎを聞きつけて駆けつけた風紀委員とティアちゃんがその喧嘩を止めたのよ。周辺の被害が結構すごくて、制輝軍に捕まって一週間拘留されることになった祥ちゃんに代わって、迷惑をかけた人たちに風紀委員とティアちゃんが謝りに行ったのよ」
当時の様子を思い出して呆れ果てている萌乃の説明を聞いて、ティアの怒りの理由と、この前言っていた優輝が言っていた、「拗ねている」という言葉の意味がわかると同時に、刈谷と喧嘩をした相手が何となく想像ができた幸太郎。
「刈谷さんと喧嘩をした友達って、もしかして……」
「
刈谷の親友――刈谷とは正反対の性格をしている、元・輝士団の坊主頭の心優しい青年、大道共慈の名前を出すと、萌乃は頷いた。
大道と刈谷が大喧嘩をしたという話を聞いて、幸太郎は必死にティアの機嫌を取ろうとしている刈谷を真っ直ぐと見つめて、気になったことをストレートに尋ねる。
「刈谷さん、大道さんとどうして喧嘩をしたんですか?」
「お前って、ホント容赦なく切り込んでくるよなぁ……――まあ、色々あったんだよ」
「喧嘩して、ずっと拗ねてたんですか?」
「拗ねてねぇし!」
「かわいいですね、刈谷さん」
「男に言われても全然嬉しくねぇっての! もうこの話はいいだろ!」
聞かれたくないことをストレートに聞いてくる幸太郎に呆れて、刈谷は大きくため息を漏らす――喧嘩について詳しい説明をする気はないようだった。
「そんなことよりも、姐さん、薫ネエさん……どう思いますか?」
取調室に設置されたカメラに向けて余裕たっぷりな笑みを浮かべている多摩場の映像を見て、刈谷はティアと萌乃に意見を求めた。
「相変わらず粘着質な顔つきねぇ……イケメンだけど、興味はないわ。それはさておき――間違いなく、何か狙いがありそうね……」
「脱獄囚の中でも多摩場の実力は高く、役に立つ。そんな存在をエリザが安易に手放すとは思えん」
萌乃とティアの答えを聞いて、刈谷は得心したように頷いた。
「アイツを捕まえた時は頭に血が上ってたんで疑問が浮かばなかったんですが――冷静になって考えれば、小狡い多摩場がこんな簡単に捕まるとは思えないんですよ。だから、警戒はしておくべきだと思いますよ」
刈谷の言葉に、ティアと萌乃は同意を示すように頷いた。
そして、三人は取調べの様子を映し出している映像を眺めた。
相変わらず多摩場はセラたちの取調べにまともに受け答えをしないで、カメラに向けて舌を出して意地の悪い笑みを浮かべていた。
自分の取調べの様子を別室で窺っている刈谷たちを嘲笑うかのような多摩場の笑みに、刈谷たちの纏う空気が張り詰める。
室内の空気が重苦しくなってくるが――そんな中、凄んでいる刈谷たちを脱力させるような空腹を告げる腹の音が、幸太郎の腹から響き割った。
三人の呆れたような視線が自分に一気に向いて、幸太郎は照れ笑いを浮かべた。
「……まだ晩御飯食べてなくて」
その言い訳に、ますます脱力する三人だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます