第一章 制御できない感情

第1話

 ――あれはもう十年以上も前のことになる。


 あの頃はまだ『祝福しゅくふく』も起きていなかったし、アカデミーも創立していなかったから、輝石きせき使いの存在も今よりももっと希少な存在だった。


 幼い頃から輝石を扱える力を持っていた私は、両親から自分たちの古い友人の元で輝石使いの修行をするようにと言われた。


 それを言われてすぐに、私は両親の古い友人の元へと連れてこられた。


 でも、正直、輝石を使えることが知っても修行なんてしたくなかった。

 普通に暮らしたかったし、強い輝石使いになるために実戦形式に近い訓練をするなんて考えるだけで怖かった。


 連れてこられた当初の私は望んでいないことを強制されて不貞腐れていた。

 でも、そんな私を最初から親身になってくれた男の子がいた。

 もう一人、女の子がいたが、その子はずっと厳しかった。


 二人とも私よりも年上で、私よりもずっと早くに修行をしていた。


 男の子は輝石を扱うのに不慣れな自分に優しくしてくれて、ずっと優しかった。

 女の子は厳しかったけど、たまに優しくしてくれた。


 二人の優しさに触れて、私は徐々に二人と修行をすること――二人と一緒にいる時間が楽しいと思いはじめ、いつしか不貞腐れていた自分がいなくなっていた。


 そして、ずっと優しく支えてくれた男の子、厳しくも時折優しさを見せた女の子――喧嘩することがあっても二人を私は兄と姉のように慕うようになった。


 二人に少しでも近づくために、私は強くなろうとした。

 二人のためなら私は何だってできた。

 二人のためなら、私は自分のことをすべてを犠牲にできた。

 二人のためなら、私は――




―――――――――




 周囲に炎が揺らめいている中、あの二人が倒れていた――『彼女』は深手を負っており、『彼』は完全に気を失っていた。

 ありえなかった……数年間ずっと修行をしてきて、師匠と戦って圧倒される以外、一方的に負けた姿なんて見たことがなかったからだ。


 そんな二人を圧倒的な力で倒した、目の前にいる顔全体を覆う仮面を被った赤髪の人物に私は恐怖を抱いた。


 だけど、それ以上に大切な友達を傷つけて怒りも抱いていた。

 だから、私はその時、怒りの感情に突き動かされて無我夢中だった。

 圧倒的な力で相手に触れることができなくとも、力の限り戦った。


 だけど、圧倒的な相手の力に敵わず、身体は限界だった。

 

 でも――私は諦めずに立ち向かった。


 捨て身の覚悟で、彼女に制止されても構わず、相手に飛びかかった。

 幸運にも――いや、二人が相手を消耗させてくれたおかげで、彼女のフォローのおかげで何とか一撃を相手に与えることができた。


 その一撃が致命的になって、相手は倒れた。


 そのまま、私と彼女は炎が揺らめく中で気を失った。


 倒れた私たち二人を助けてくれたのは、気絶していた彼だったが――


 この戦いの後、彼は何も言わず、何も聞かずに私たちの前から去ってしまった。




―――――――――




 アカデミー都市内にある訓練施設が多く立ち並ぶウェストエリア。


 ウェストエリア内にある訓練施設の一つである室内プールに、一人の少年がビート版を使って泳いでいた。しかし、プール内には人が一人もおらず、少年の貸し切り状態だった。


 プールをノロノロと泳いでいる、貧相で華奢な体躯の少年――七瀬幸太郎ななせ こうたろうは端に辿り着くと、水泳帽とゴーグルを外してプールから出た。


 適当に休憩しながらプールを往復すること――そう言われていたので、疲れた幸太郎はプールから上がって、休憩することにした。


 タオルを羽織って、ベンチに座った幸太郎は大きく疲れたようにため息をついた。


 泳いでは休憩して体力を回復しているが、二時間以上それを続けていれば休憩しても体力はすぐには回復できなかった。


 せっかくのプールなのに……ドキッ! 水着だらけの大運動会……


 一人、肩を落として深々とため息をつく幸太郎。


 今日、幸太郎のクラスは水中という限られた場所での戦闘訓練を行っていた。


 水中訓練とは六月の下旬あたりからアカデミーで行っている訓練である。


 現在幸太郎以外のクラスメイトは地下にある水中訓練場で戦闘訓練を行っていた。


 輝石の力を扱うことができる輝石使いならば、輝石の力でバリアを張る要領で、水中で空気の膜を張ってある程度戦うことが可能で、その訓練を行っていた。


 水中訓練は苛烈を極め、真剣に訓練に取り組むあまり、思いもよらぬハプニングがあるということを幸太郎は数少ないアカデミー内の友人に聞いていた。


 まともに輝石を扱える力がなくとも、訓練の邪魔になったとしても、何としても水中訓練に参加する命をさえも捨てる覚悟を持っていた――だが、幸太郎は別の訓練メニューを言い渡された。


 水中訓練が行われる度、必死に幸太郎は訓練教官を説得した。


 あまりの必死さに女子から白い眼で見られても、諦めることなく何度も、何度も力強く説得した――しかし、訓練教官はそれを許さなかった。


 男性である訓練教官は、幸太郎の気持ちは痛いほど伝わるが、それでも安全性を考慮して参加させることはできないと優しく諭して、幸太郎は不承不承ながらにも納得した――そんな幸太郎に男子たちは全員揃って慰めの言葉をかけた。


「一人でいることをいいことに、サボっているとはいい度胸ですわね!」


 水中訓練に参加できないことに落胆している幸太郎に対しての罵声が響く。


 心身ともに疲れ切っている幸太郎にとっては酷だが、彼にとってその罵声はとても嬉しいものだった――性癖的なものではなく、その罵声を投げつけた人物が登場したことに。


「鳳さん!」


 罵倒を投げつけた人物――鳳麗華おおとり れいかに幸太郎は期待に満ち溢れた視線を向けた。


 声の主である鳳麗華――一部の髪が癖でロールしている金髪ロングヘアーのアカデミー内でも屈指の美人。


 ふいに出る高笑いと傲岸不遜な難ある性格のせいで周囲からの評判は芳しくないが、それを補ってあまりあるほどの美貌と、出るところはしっかりと出ているスタイルの持ち主――だったが……


 しっかりとした防水性がある素材のパーカーと、ショートパンツ――幸太郎は落胆を隠し切れなかった。


「ちょっと、突然なんですの! わたくしに視線を向けるなりガッカリして!」


「どうして水着で来ないのかなって。……水着回って知ってる?」


「ここに来るまで施設内を歩き回るので着替えるのは当然ですわ!」


「せっかくのプールなのに男の水着姿だけ……そんなの、一部の人以外誰も喜ばないよ」


「フン! 確かに、あなたの貧相な身体では誰も喜びませんわね!」


「……希望って簡単に崩れるんだ」


「そんな下心丸出しの希望なんて潰えて当然ですわ!」


 麗華の怒声が広いプール場内に響き渡って反響した。


「……まったく、また喧嘩ですか?」


「セラさん! ――セラさんなら、きっと……!」


 希望が潰えて項垂れる幸太郎だが、新たなる希望の訪れに希望に満ちた顔を上げて、呆れた様子で声をかけてきた人物――セラ・ヴァイスハルトに顔を向ける。


 セラ・ヴァイスハルト――ショートヘアーで、同年代とは思えないほど大人びた雰囲気を持つ美女であり、スタイルは麗華に劣るがそれでも平均以上ゆうに超えるスタイルを持っていた。


 性格に難がある麗華とは違って気遣いもでき、どんな相手でも分け隔てなく丁寧に接することから異性同性問わずに人気があり、その美貌で多くの同性を新たなる世界の道へと招いた罪深き美女。


 麗華とは違って空気が読めるセラならば――幸太郎は期待に満ち溢れていた。


 しかし、セラの服装はタンクトップとハーフパンツ――肌色成分がいつもより多くてある意味グッとくるが、希望が無残にも打ち砕かれた幸太郎の目が潤んでいた。


「ど、どうかしましたか、七瀬君!」


「……何も言えない」


「何か相談したいことがあるなら何でも言ってください、ね?」


「何でも言っていいの?」


「私にできることがあれば、何でも協力します」


「何でもしてくれるの?」


 目を潤ませる幸太郎に近づいて聖母のような笑みを浮かべるセラ。


 邪推することなく純粋な優しさを振りまくセラに、幸太郎の希望が再び帰ってくる。


「心配するだけ無駄ですわ! この変態はただ私たちの水着姿が見たいだけなのですわ!」


「……それは本当ですか?」


 聖母のような表情から、冷徹なモノへと変化させたセラは冷え切った目で幸太郎を睨む。


 幸太郎は自分の本心を包み隠すことなく、力強く、そして堂々と頷いて見せた。

自分の欲望に素直すぎるに幸太郎に麗華とセラは白い眼を向ける。


「水着姿を見れないのは悔しいから、夏休みに鳳さんとセラさんとでイーストエリアにあるプールに行きたい」


「目的が露骨すぎますわ! 断固として拒否しますわ!」


「申し訳ありませんが、私も拒否させてもらいます」


 目前へと迫る夏休みに、幸太郎は邪な気持ちをいっさい包み隠すことなく約束を取り付けようとするが、もちろん即答で拒否されて無意味に終わった。


「そういえば、水着姿じゃないセラさんと鳳さんはどうしてここに来たの? 水着じゃないってことは泳ぐつもりはないんだよね、水着じゃないから。訓練は終わったの?」


「一学期目最後の訓練ということで、今までの水中訓練の総復習も兼ねて開始から激しい訓練を行って、激しく消耗した生徒を気を遣った教官が早めに終わりにさせたんです」


「フン! 確かにいつもと比べればハードな訓練でしたが、私とセラさんの実力があれば、水中訓練など簡単ですわ! オーッホッホッホッホッホッホッホッホ!」


 パーカーに包まれた豊満な双丘を自慢げに麗華は張って、プール内にうるさいくらい響き渡る声量の高笑いをする。そんな彼女に幸太郎は「おおー」と声を出して拍手を送った。


 麗華の言っていることは誇張しているわけでもなく、二人とも厳しい訓練を行ったとは思えないほどまったく消耗していない、余裕な様子だった。


「七瀬君にも訓練終了を伝えるようにと教官に言われたので、知らせに来たんです」


「わざわざありがとう」


「フン! 別に進んで知らせに来たわけではありませんわ! 知らせたのですから、もう下心丸見えの七瀬さんに用件はありませんわ! 帰りますわよ、セラさん! ここに長くいたらこの変態何をされるかわかりませんわ!」


「わっ! お、鳳さん、突然手を引っ張らないでください」


 素直ではない態度の麗華は、セラの手を無理矢理引っ張ってさっさと帰ろうとする。


「あ、今日は風紀委員の活動どうするの?」


「今日は水中訓練で疲れていますので休みですわ。その代わり明日はバリバリ働いてもらいますわよ! というか、あなたには夏休みの間遊んでいる暇はないと思いなさい!」


 言いたいことだけ言って麗華はセラを連れてさっさと帰ってしまった。


 泳いで疲労がたまっていたので、風紀委員の活動が休みになったことに内心喜ぶ幸太郎だが――

「二人の水着姿、見たかった……」


 離れる二人の後ろ姿を眺め、幸太郎は二人の水着姿が見れなかったことに改めて落胆した。だが、すぐにお腹から出た空腹を告げる音が響いてその落胆を霧散させた。


 ……今日は冷やし中華でも食べて帰ろう……


 空腹に従うままに幸太郎は更衣室へと向かった。

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