第7話

「――やっぱりダメですか?」


「当然だ! 現在関係者以外立ち入り禁止、特に風紀委員である貴様の立ち入りは禁止であると数分前に告げたはずだ! にもかかわらずなぜ戻ってきた!」


「お昼ご飯食べるの忘れてたので、コンビニで軽食を買うついでにここに入る方法を考えたんです」


「考えても無駄だ! 即刻立ち去れ!」


「……新商品でちょっとお高いこのカステラと、バームクーヘン、メイプルシロップがひたひたになるまでたっぷりついたワッフルでどうでしょう」


「そんなもので賄賂など成り立つか! というか、この暑い中なぜ水分を欲するものばかりチョイスする! ええい! いい加減に立ち去れ!」


 教皇庁本部入口――お菓子や軽食がたくさん詰まったコンビニのビニール袋を手にして教皇庁に入ろうとする幸太郎と、そんな彼を引き止めている警備員が口論をしていた。


 刈谷から教皇庁本部にセラがいるかもしれないという話を聞いて、すぐに幸太郎は彼の助言に従った。しかし、目的に到着した瞬間、幸太郎は数人の警備員に引き止められる。


 理由は昨日輝士団本部にセラを迎えに行った時と同じで、幸太郎が腕に巻いている赤と黒のラインが入った風紀委員の証である腕章を見たからだった。


 すぐに教皇庁本部から追い出された幸太郎は、軽食を買うためにコンビニに入るついでに教皇庁に入る方法を考えた。


 しかし、特に良い考えは何も浮かばなかったのでもう一度説得するために戻ってきた――そしてはじまる警備員との口論。


 何を言っても食い下がろうとしない、そして、真夏の太陽が照りつける猛烈な暑さの中、これ見よがしコンビニの新商品として売られていた特大アイスパフェを食べながら話している幸太郎に警備員の苛立ちがピークに達する。


「いい加減に――」

「騒がしいと思って来てみれば、何をしているんですか?」


 ナチュラルに挑発してくる幸太郎に苛立ちのピークに達した警備員は、腕に巻いたブレスレットについた輝石を煌めかせ、輝石を武輝に変化させようとする――

 だが、その瞬間、背後から聞こえてきたか細くも凛とした声に警備員の動きが止まる。


「あ、リクト君」


 幸太郎が口に出したリクトという名前に、顔を青白くさせた警備員はゆっくりと背後を振り返った。


 背後には癖のある柔らかそうな栗毛の髪の少女と見紛うほどの外見の少年が立っていた。


 少年は教皇庁のトップである教皇エレナ・フォルトゥスの息子であり、次期教皇最有力候補であるリクト・フォルトゥスだった。


 リクトの登場に幸太郎と口論していた警備員は慌てて頭を深々と下げる。


「お仕事ご苦労様です。ですが、幸太郎さんは僕の友達。警戒する必要はありません」


「で、ですが……この男は鳳グループトップの娘である鳳麗華が率いている風紀委員に所属しています! そんな男を今の状況で本部内に入れるべきでは……」


「無抵抗の相手に対して輝石を武輝に変化させようとしたのは目を瞑りましょう」


 自身を厳しい目で見つめるリクトの一言に、痛いところを突かれて何も反論できなくなってしまう警備員は「失礼しました」と嫌々幸太郎に頭を下げて道を開けた。


 警備員が道を開けると同時にリクトは警備員と話している時に身に纏っていた刺々しい雰囲気を一変させ、幸太郎に向けて弾けるような明るい笑みを浮かべて、彼に抱きつく勢いで近づき、「こんにちは、幸太郎さん!」と挨拶をする。


「教皇庁本部に来るのなら、一言僕に連絡していただければよかったのに」


「そう言われてみればそうだった。でも、リクト君の手を煩わせてくなかったし」


「そんなの気にしません。……と、友達じゃないですか……」


「そう言われると何だか照れるし、嬉しい。今のリクト君すごいカッコよかった」


 そう言って、幸太郎はリクトの癖のある栗毛の髪を優しく丁寧に撫でる。


 自身を褒めてくれた幸太郎の手の優しくも温かい感触を頭全体に感じ、リクトは気持ちの良さそうな声を思わず出してしまい、潤んだ瞳を幸太郎に向ける。


「さ、さあ、外は暑いですから中に入りましょう」


 頬をほのかに紅潮させるリクトに連れられ、幸太郎は空調の効いた輝士団本部に入った。


 輝士団本部内は白を基調としており、教皇庁に所属している人間が多く行き交う広大な面積のエントランス、そして二階へと続く大階段に幸太郎は思わず感嘆の声を上げる。


「輝士団の建物もそうだったけど、教皇庁の建物ってすごい広くてきれいだね」


「ありがとうございます。教皇庁の人間として、そう言ってもらえるととても嬉しいです。上にある応接間に案内するのでついて来てください」


「そんな気を遣ってもらわなくても大丈夫。あそこで十分」


 食べていたアイスを一気に食べて、幸太郎は小走りで受付近くに置いてあるソファに座ると、リクトも続いて彼の隣に座った。


 リクトが隣に座ると、幸太郎は「これよかったら食べて」と、コンビニの袋の中から棒状のスナック菓子を取り出してリクトに差し出し、「あ、ありがとうございます」とリクトは差し出されたスナック菓子を受け取り、封を開けて食べはじめる。


「それにしても、どうして幸太郎さんはここに? 今ここに来ても、先程のように不必要に周囲の警戒心を高めてしまうのに……あ、べ、別に幸太郎さんに会えて嬉しくないと言っているわけじゃなくて僕個人としては嬉しいです!」


「そう言われると照れる」


 頬を染めて照れながら、自分と出会えたことに心の底から喜んでいるリクトに、幸太郎もとても嬉しそうに、それでいて照れたように笑った。


「ここに来たのは、セラさんがここに来るだろうって刈谷さんから教えてもらったから」


「そうですか……やっぱり、昨日のティアさんの一件で……」


「そうかも」


「……幸太郎さんはセラさんのために動いているんですか?」


 リクトの質問に幸太郎は力強く頷いた。


 幸太郎の反応にリクトの表情は暗くなり、得心したように頷いて深々とため息をついた。


「……優輝さんがここにいるから、セラさんもここに来る、そう考えたんですね」


「優輝さんがここにいるって情報を知ってた刈谷さんはそう言ってた」


「本来なら、優輝さんがここにいるということは秘匿にされているのですが……しかし、ただでさえ、危機的状況なのにどうやってその情報が……情報が流れているのにやっぱり教皇庁は――あ、すみません、一人で愚痴っぽいことを言ってしまって」


 申し訳なさそうに謝るリクトに、「別に気にしてないから大丈夫」と、特に気にしてない呑気な様子の幸太郎。


 そんな幸太郎の様子にリクトは安堵したような笑みを浮かべるが、すぐにその笑みを消して、意を決したようでいて、不安そうな瞳を幸太郎に向ける。


「麗華さんに聞いていると思いますが……今、輝士団と輝動隊は抗争状態です」


「大変なんだってね」


 短い一言で、今のあまり状況を理解していなさそうな幸太郎の様子に、リクトは呆れながらも彼らしいと感じて微笑んだ。


「昨日だけで何件もの輝士団と輝動隊同士の小競り合いが発生しました」


「さっき刈谷さんが愚痴ってた。大変だったって」


「刈谷さんのような実力者でしか小競り合いは上手く止められませんからね……刈谷さん以外にも輝士団にも輝動隊にも実力者は多くいますが、共慈さん曰く今回の事態を冷めた目で静観している方がほとんどだそうです。それに加えて、教皇庁は今回の事態には不用意に手を出さないと決めています」


 事態の説明をしているリクトの表情は徐々に暗くなり、ため息交じりに鳳グループと教皇庁の名前を出して、不安な面持ちを幸太郎に向けた。自分を見つめてくる不安そうなリクトに、幸太郎は「大丈夫?」と優しく声をかけて彼の手にそっと触れた。


「今回の事態の原因は輝動隊のティアさんが優輝さんを襲ったことになっています……現在鳳グループ教皇庁は静観をしていますが教皇庁は待っているんです、痺れを切らした鳳グループが自分たちの体面を保つために強引な解決方法を取ることを。教皇庁はそれを糾弾する材料にして鳳グループの信用を落とし、一気にアカデミーの権力を得るつもりです」


 説明しているリクトの口調は、徐々に苛立ちと怒気が含まれる。


 熱を持ちはじめているリクトの説明を幸太郎はジュースを飲みながら聞いていた。


「確かに、鳳グループの信用を失墜させる機会です。ですが、何もしないで事態を静観をしている教皇庁も鳳グループと同じく周囲や外部の信用を落としている……教皇に次いで権力を持っているほとんどの枢機卿たちは目前の権力を得ることだけを考えて、それに気づいていないんです! 彼らのせいで事態を収拾しようとする母さんや真剣に未来を考えようとしている枢機卿たちの意見を潰している!」


 教皇庁の現状を説明するリクトは怒っているようであり、呆れているようであり、悲しそうであり、何よりも悔しそうだった。


「僕の立場がもう少し強ければ、今の状況を少しは良くできるのに……」


 今のアカデミーの状況で何もできない自分自身に悔しく思っているリクトに、今までお菓子を食べながら適当に話を聞いていた幸太郎は、お菓子を食べる手を止めた。


「大丈夫、この事態は鳳さんと大和君がどうにかしてくれるから」


「……すみません、また愚痴っぽくなってしまって」


「お菓子でも食べてバーッて吐き出しなよ、バーッと」


「……なんだか、僕はいつも幸太郎さんに甘えてばかりです」


「僕はリクト君の先輩だからドンと頼って、ドンと」


 コンビニで買ったサンドウィッチの封を開けながら得意げに自身の華奢な胸を張る頼りがいがあるのかないのかよくわからない幸太郎に、憂鬱そうで暗かったリクトの表情に少しだけ笑みと明るさが戻り、リクトは隣に座っている幸太郎に自身の身を少しだけ預けた。


 傍目から見れば今の幸太郎とリクトは、冴えない少年と人目を惹く美少女のアンバランスなカップルのように見えるが、一応二人は男同士である。


「あ、そろそろ夏休みが近いけど、リクト君は夏休み何をするの?」


「各国を教皇の仕事で回る母さんに、息子として、そして、教皇庁の代表の一人として一緒について行くつもりです。空いた時間は修練をします……あ、あの……幸太郎さんの予定はどうなんでしょうか……」


 ふいに緊張感のない夏休みの話題を幸太郎は持ち出してきて、半ば呆れ、半ば彼らしさに微笑ましくリクトは思いながら自分の夏休みの予定を話し、リクトは頬をほんのりと赤く染めて期待に満ち溢れた表情で幸太郎の夏休みの予定を尋ねる。


「特に用事はないんだけど――あ、そうだ、鳳さんたちと夏休みにイーストエリアにあるプールに行く計画を立ててるんだけど、リクト君も一緒に行こうよ」


「も、もちろんです!」


「エレナさんも連れてくる?」


「そ、それはちょっと難しいかもしれません……」


「法衣に包まれた熟れた身体を見れる良い機会なのに」


「……人の母親をそんな目で見るのはやめてください」


 幸太郎の誘いに二つ返事で即了承するリクトだが、母であり教皇であるエレナを連れてくるかと聞かれた時は、憧れの幸太郎の提案でもさすがに難しい顔をしてしまう。


「そうだ、この前言ったし夏休みに僕の暮らしてる寮に泊まりに来る?」


「も、もちろんですが……ふ、二人きりでしょうか……」


「何人も呼べるほど広くないから二人きりになると思うんだけど……誰か呼ぶ?」


「い、いえ! 二人きりで十分です。幸太郎さんと二人きりで遅くまでずっと話していたいです……僕は幸太郎さんといられるだけで満足です」


「そう言われると何だか照れる」


 二人きりで宿泊するということにリクトは興奮と照れと妄想で紅潮させた頬と、潤んだ瞳を向けて構わないと言うと、幸太郎は照れたように笑う。


「それじゃあ、いつにしましょうか!」


「あ、でも博士の――」


 さっそく夏休みにいつ遊ぶのかの計画を立てようとするリクト。


 今のリクトの表情は夏休みへの期待に溢れ、次期教皇最有力候補、教皇の息子という堅苦しい肩書きを持つ人物ではなく歳相応の少年の表情をしていた。


 夏休みの予定を話していた幸太郎はふいに、自身のクラスの担任であり、友人でもあるヴィクター・オズワルドの姿が思い浮び、同時に重要なことを思い出した。


 慌てて幸太郎はポケットの中に手を入れた瞬間――


「久住優輝!」


 聞き慣れた人物の怒声がエントランス内に響き渡り、幸太郎の思考が中断された。


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