957. 魔王軍の派遣要請
お茶を片付け、リリスは迎えにきた大公女達と庭へ向かった。薔薇の香りがする蜂蜜をくれた魔蜂にお礼を言ってから、ルーサルカ達に蜂蜜を分けるのだという。魔王城へ納入された献上品のため、魔王の許可証を発行して持たせた。
これらのルールは、魔王や魔王妃だからと破る慣習を作ってはいけない。ルシファーが持ち出すときも、その場で書類を渡すようにしていた。持ち出した者のリストを作る管理者のためだ。
在庫量が合わなくなったとき、管理者は横領を疑われてしまう。きっちりルールを守ることで、互いを疑わずに済んだ。円滑な組織運営を手探りで作り上げたのは、今になれば懐かしい話である。
礼を言って書類を受け取ったリリスが、後ろのルーサルカに預けた。魔力を封じたため、収納空間が使えないのだ。収納へしまったルーサルカと手を繋ぎ、反対側をシトリーへ伸ばした。ルーシアは瓶が入った籠を持ち、レライエは休暇日で不在だった。
夜は城へ引き上げることになり、大公女や護衛の休日がしっかり組めるようになった。イポスも今日は休みで、側に控えていない。ストラスの休みも合わせたとルキフェルが胸を張るから、恋人達は一緒に過ごすのだろう。
執務机に戻り、愛用のペンを手にしたところへベリアルが飛び込んだ。コボルトの小柄な体の彼は、驚くほど早いノックで返事を待たずにドアを開く。珍しい行動に目を瞬いて入室を許可すると同時に、ベリアルは手にしたメモを読み上げた。
「ご報告いたします。各領地に人族の落下が確認されました。数は多く範囲も広く、救助や軍の派遣を求める通信や伝令が次々と届いています」
一気に読み上げ、吐き出した息を吸い込んだベリアルが咽せる。苦しそうにげほげほ咳き込む背中を、ヤンが立ち上がって叩いてやる。器用に2本脚で身を起こしたフェンリルの気遣いに礼を言い、ベリアルは青ざめた顔で判断を待った。
使者や伝令に対して、何らかの返事を持ち帰らなくてはならない。聞いた内容に驚いた顔をしたルシファーが、ペンをくるりと手の中で回した。
「軍を動かせるか?」
「承知しました。飛べる種族を優先して充てます。魔王城が手薄になりますが」
「緊急時用の魔法陣を発動するから、城の警備は問題ないよ。僕も非常勤の竜族に声をかける」
ベールとルキフェルが手早く話を決める。決断を求めるように視線を向けられ、ルシファーは頷いた。
「わかった。指揮を一任する。オレも出るぞ」
「「どうして(ですか)」」
気合を入れて立ち上がった途端、2人の大公から疑問をぶつけられた。首をかしげて誤魔化そうとするが、ベールが鋭く指摘する。
「陛下の出番はありません。指揮を一任したなら、城で大人しく書類処理を優先してください。サボる余裕はありません」
言い残して彼は指を鳴らす。長いローブ姿から軍服へと着替えた。あの着替え用魔法陣はルキフェルの傑作だ。リリスにもいくつか作ってあるのだが、合図ひとつで着替えられる。
敬礼して出ていくベールの後ろに続きながら、ルキフェルも着替えていた。動きやすい格好ながら、立襟の上着は華やかな銀糸刺繍が施された青紫だ。目を引く鮮やかな出で立ちは、瑠璃神竜王の正装に似ていた。
「僕も前線に立つ。大公が誰もいないんだから、リリスとルシファーは城を動いちゃダメだよ」
「……わかった」
アスタロトがいたら飛び出せたのに。ガッカリしながら、再び執務机の書類に向き合う。落としたペンを拾い上げ、予算承認書類の計算を確認して署名した。数枚片付けたところで、外が騒がしくなる。
竜族に伝令が飛ばされ、転移で移動する魔王軍が中庭に集結しつつあった。立ち上がって窓から中庭の彼らを見送る。各地へ出向く者が敬礼して、転移や翼で移動する姿に眉を寄せた。
嫌な感じだ。空からたくさんの人族が落ちた。それ自体は大した被害ではない。下敷きになる種族がいても、魔王軍には治癒が使える種族が配置されている。即死でなければ助けられた。
だから……ルシファーの懸念は負傷者ではなく、本能に近い深い部分で鳴る警鐘だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます