1251. 金属を溶かすが指は食べない
「今までにも何度も注意しましたが、まだ懲りていないのですね」
強い口調で叱られ、ルシファーは目を逸らす。叱られたことは覚えているし、内容も記憶に残っていた。ただ……実行するときに思い出せないだけだ。言い訳にならない言い訳を口の中で呟くもの、声に出したら説教が長くなる。
「ルシファー様、得体の知れないものは?」
「触らない」
「新しい魔族や魔物を見つけたら?」
「大公か魔王軍に連絡する」
「……理解できているのに、どうして実行できないのでしょうね」
嫌味がぐさぐさ刺さるが、黙って受け止める。この場面で下手に謝るのも悪手だった。さらに叱られた経験が過ぎる。
「ねえ、これって新種確定だと思うよ」
ルキフェルがちょうどいいタイミングでアスタロトの気を引いた。これより早いとアスタロトの機嫌が悪くなるし、今より遅いと説教に夢中すぎて聞いていないだろう。話が途切れたところで救世主が現れたと微笑むルシファーに、陰でルキフェルがサインを送った。
ある意味、叱られ仲間なのでお互い様だ。ベールに叱られることがあれば、ルシファーが助け舟を出す手筈だった。互いに得しかない関係は、常に保たれている。
「なんですか? 金属を溶かす生き物……とはまた」
驚いたと口にしたアスタロトの横から箱を覗くと、ルキフェルが与えた金属片を取り込んで溶かすぷるぷるがいた。さきほど手を突っ込んでも平気だったのに、しゅわしゅわと泡を立てながら金属が小さくなっていく。
「今は金属だけど、その前に木片を与えたんだ。草は食べなかったから、どうやら命がないと判断したものを消化するみたいだね」
「草を食べないなら、普段は木片を拾い歩いているのか?」
木片も草も、自然物から千切ったり折ったりした物だ。一応生物には認定しないが、木や根っこがついた状態なら植物に分類される。どこで見分けているのか。鼻も口も目もなさそうだが。
顔を見合わせた3人の後ろから、エルフの少女が声をかけた。
「ぷるぷるですか? 時々森で見ますよ」
「「見るのか?」」
ルシファーとルキフェルが声を揃えたため、気圧されたように数歩飛び退いたエルフはこくりと頷いた。猫撫で声を作ったアスタロトが尋ねたところ、森の中にここ最近出現するようになったらしい。ゴミを中心に分解してくれるため、とても助かっている。だが生き物を襲ったところは見たことがないらしい。事実、エルフの若者が興味半分で手を突っ込んだが、無事だったという。
「生き物は食べないんだな」
どうやら確定して問題なさそうだ。試しに誰かが結界なしで手を入れる話になり、ルキフェルとアスタロトが言い争いになった。
「僕は研究が忙しいから、腕をなくしたら困るの。わかる?」
「事務方が指をなくしたら筆が持てないでしょう。そのくらい理解してください」
不毛なケンカに、ルシファーが溜め息を吐いた。それから声をかける。
「オレが手を入れようか?」
「ダメです」
「冗談でしょ!」
両側から叱られ、がくりと肩を落とす。だが言い争いが終わらないので、ルキフェルが置いた箱のぷるぷるを指先で突いた。
「お前、人気者みたいだぞ」
突いている間に、ぷすっと指が中に入ってしまった。なんとも言えない感覚だ。プリンやゼリーに指を入れる罪悪感に駆られ、指を引き上げたところ……ついてきた。ぺったり吸い付いた状態のぷるぷるは、嬉しそうに身を震わせる。
「感情はあるようだし」
2人が気づいていないのを確かめ、指先の結界を解除した。直に触れるとぬるりとした感覚がある。だが侵食されたり、痛みを感じることはなかった。手の温もりに擦り寄る小動物のようだ。ルシファーはエルフの少女と一緒に、ぷるぷるを構い始めた。
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