1282. 4割の8割は約3割

 手際の良さを褒められて、つい3人もおむつ替えをしてしまった。我に返って仕事に復帰するため魔王城へ戻ったルシファーは、涎で汚された髪や服に浄化を掛ける。鼻歌を歌いながら廊下を歩くと、コボルトの侍従ベリアルが、書類片手に飛びついてきた。


「ルシファー様、休暇の申請書を受けてください」


「ん? 構わないがどうした」


 さらさらと署名してやり顔を上げると、同様の書類を持ったコボルトが列を作っていた。引ったくるように受け取った休暇申請を拝み、ベリアルが安堵の息を吐く。


「一族に多数の出産がありまして、手が足りないのです」


「「「お願いします」」」


 強請られるまま、休暇申請を認めていく。書類を提出した者から、順次休暇に入った。がらんとした魔王城の廊下を見回し、失敗したかと額を押さえる。


「陛下っ! 人が足りません」


「だよな……うん、わかってた」


 なんとなく察した。オレが気前よくサインしたからだ。コボルトは侍従の仕事に就くことが多く、その大半が同族意識が強い。現時点で、侍従がとにかく足りない。叱られても後の祭りだった。


「悪い、オレが休暇をやった。臨時職員を増やせないだろうか」


「城下町に声を掛けてきます」


「悪いが頼む」


 駆け出したデュラハンを見送り、執務室の扉を開けたところで立ち止まる。回れ右して扉を閉める前に捕まった。


「ルシファー様、事情の説明をしてください」


 配下なのにお願いすらされない。ほぼ命令形のアスタロトに逆らうことなく、流れるように入り口近くの床に正座した。悪いことをした自覚はある。説明を終えたところで、促されてソファに移った。足の先が痺れたが、その程度で終わりらしい。


「悪いことではありませんが、事前にご相談ください」


「悪い。最初はベリアルだけだと思って署名したら、ずらっと……こう行列がな」


 出来てて断れなかった。正直に事情を話したルシファーに、アスタロトは苦笑いする。おそらく人数が多いので許可が下りない可能性を考慮して、一番甘い魔王に相談したのだろう。普段よく働いてくれるコボルトを責める気はない。


「人手の補充は、デュラハンに任せた。今頃城下町で……」


「募集したのですか? 現時点で、4割の種族が多出産による混乱が判明し、そのうちの8割が救助要請を出しています」


「は?」


 全体の4割の8割が救助要請? こないだの豪雨災害レベルの数じゃないか。唸った後、アスタロトにひとつ案を提示する。


「保育園を作ろう。巨大な保育園を大至急建てさせ、そこで赤子をまとめて預かる。それなら安全も確保できるし、支給も迅速に出せる。ひとまず……魔王城前の広場は、どうか」


 差し当たって広い場所を思いつけずに付け足すと、アスタロトは目を見開いた後で慎重に言葉を選んだ。


「保育園の案は素晴らしいのですが、魔王城前はどうでしょうか。ベールやルキフェルを招集します」


「ああ、ベルゼビュートは呼んでやるなよ。後で連絡だけすればいい」


「わかっております」


 長期の休暇中だ。中断させるほどの深刻な事態ではない。そこにはアスタロトもあっさり同意し、ベールとルキフェルの招集に合わせ、大公女とリリスも合流した。


 がやがやとお茶会のような盛り上がりを見せた会議は、2時間で結果を導き出した。


「それぞれの役目を果たしてくれ、では解散!」


 ルシファーの号令で、一斉に部屋から出ていく。残ったリリスはにこにこしながら、ルシファーと腕を組んだ。魔の森の申し子には、重要な仕事が割り振られている。


「さあ、森へ行きましょう」

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