252. アスタロトのお嫁さん
思い当たったのは、視察に出かける前の彼の一言だった。確か『深い眠りの時期と重なるため、同行できない』といった内容だ。定期的に訪れる眠りは吸血系の一族にとって避けられない習慣で、数年単位になることもあった。
彼は自分の城へ戻って眠りに入る予定でいた。ところが眠りに落ちるより早いタイミングで、鳳凰が城門を襲撃したので見送ったのだろう。無理して起きていたが、安心した途端に抗いきれず眠ったらしい。
「ならば問題ないか」
「大問題ですわ。この人を急いで地下に安置しなくてはなりませんもの」
アデーレが肩を竦める。安置という単語に死体をイメージしたルシファーが、複雑そうな顔をした。手を伸ばしてアスタロトの結界に弾かれると、アデーレは困ったと眉をひそめる。
「結界が不安定ですし、一族の者を呼んで運ばせなくてはなりません。許可をいただけますか?」
「構わん」
許可を得たアデーレが連絡する傍で、ルシファーはアスタロトの金髪に触れた。ぱちんと弾く結界は、咄嗟に彼が己を守ろうとした本能だろう。こうして拒まれるのは久方ぶりで、懐かしさにルシファーが口元を緩めた。
「パパ、楽しそう」
不思議そうなリリスの声に、幼女を抱き上げて提案した。
「アスタロトは寝てるから、パパとまた視察に行こうか」
リリスの頭に乗せた花冠は火口で燃えたが、彼女の黒髪は艶やかで無事だった。手櫛で髪を梳いて尋ねると、不安そうにアデーレとアスタロトを見つめる。
「アシュタは平気なの?」
「疲れて寝てるだけだ。しばらくしたら起きてくるから、お休みをあげよう」
「うん」
安心したのか、リリスの興味は別のことへ移っていく。
窓を大きく開いて招くアデーレを目印に、吸血種族のコウモリが飛んでくる。彼らは集まって人型となった。よくアスタロトも使う技だ。
彼女の指示で、アスタロトは影に飲み込まれて消えた。どうやら複数人の魔力で影を通じて、城まで運ぶらしい。城の地下に安置しろと指示を出したアデーレに、リリスが声を掛ける。
「なんでアデーレがアシュタの面倒見てるの?」
「私の夫ですもの」
くすくす笑いながら、アデーレが答えた。
リリスは知らなかったが、アスタロトとアデーレは夫婦である。間に2人の子供を設けた彼らは、揃って魔王城で仕事をしていた。彼女は魔王城の侍女だが、同時にアスタロト大公夫人でもある。
「パパ、おっとって何?」
「アデーレと結婚した旦那さんだよ。それがアスタロトだ」
意外な組み合わせだが、予想外に長続きしていた。結婚当初はベールに「100年保てばいい方でしょう」と酷評されたが、すでに800年ほど経つ。今までの妻達の中で最長記録だった。
ちなみにアデーレは初婚だが、アスタロトは18回目の結婚である。死別も離婚もあるが、長生きすぎるのも大変だった。
その辺を子供向けに柔らかく説明してやると、リリスは「ふーん」と唇を尖らせた。何か不満があるのだろうかと、ルシファーが首をかしげる。
「パパは何回、結婚したの?」
嫉妬じみた発言に、自分で不機嫌になるリリスが可愛くて顔が緩む。アスタロトが18回も結婚したなら、ルシファーもたくさん結婚したと思ったのだろう。リリスはさらに唇を尖らせ、赤い目を潤ませた。
「オレは一度も結婚してないぞ」
不安を拭うため、穏やかな声色でリリスに告げる。結婚したいと思う相手が居なかったし、子供も欲しいと考えなかったルシファーは未婚だった。
驚いた顔をするリリスの頬にキスをして、次に大きな赤い目が閉じた瞼に唇を寄せる。
「パパにお嫁さん、いないの?」
「リリスだけだよ」
可愛いなぁ……と内心の声がダダ漏れの蕩けた美貌の主は、腕の中の幼女へ甘い声で囁く。
「
鳳凰の処遇を決めて主君を追いかけたベールは、廊下まで漏れ聞こえた話に、呆れ顔で参入する。一礼して下がるアデーレの姿と、深い眠りの時期の話が重なり、アスタロト不在の理由は納得した。
数百年に一度の恒例なので、特に驚きもない。
「オレは幼女が好きなんじゃなくて、リリスが好きなだけだ!」
「リリスもパパが好き!」
にこにこ見つめ合う2人に、ベールは吐きかけた溜め息を飲み込んだ。
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