1080. 事件は風呂で起きている!
火口で予想外の雛を拾った以外は、すこぶる順調だ。シトリーとデカラビア子爵親子を連れて戻った屋敷では、風呂に湯が満たされていた。勢いよく溢れるお湯が多すぎる気もする……。
「まさかとは思うが、温泉街の湯量が減ったりしてないだろうな」
温泉の湯はこの屋敷と温泉街の2本しか引かれていない。天然でどこかから湧き出ている可能性はあるが、こちらの湯量が多すぎるということは……必然的に温泉街の状況が不安になった。
「私が確認しましょう。デカラビア子爵、同行願えますか」
「は、はい」
大急ぎで敬礼してついていく子爵を見送り、リリスとルシファーは露天風呂に入ることにした。当然ながら大公女は同行せず、グシオンもお茶を飲んで待つことになる。
魔王妃であるリリスの肌を異性に見せるのは憚られ、大公女達は未婚女性なので魔王と風呂に入るのは問題がある。当たり前の配慮なのだが、互いに奇妙な疑惑を掛けられないために必死だった。
グシオンは覗き疑惑が出ると嫌なので、シトリーと離れない。もちろん、レライエと翡翠竜も同じ理由で同室だった。全員集まって、今日見つけた雛の親の話題で盛り上がる。
「親がいなくなっても騒動になるわよね」
「それはそうよ。希少種ですもの」
「他の種族が産んだ可能性はないでしょうか」
大公女2人の会話に、アムドゥスキアスが可能性を提示する。グシオンが唸りながら検討した。
「可能性はゼロじゃないが、鳳凰の子を産めるとなれば……炎に耐性が必要だ。卵生の種族じゃないか?」
「火龍はどうかしら」
シトリーの予想に、レライエも乗っかる。
「火属性ならドラゴンでもいいだろう」
「「確かに」」
翡翠竜とグシオンが同意する。鳳凰の卵なら属性が火に偏っていたはず。水属性の種族なら蒸発しかねない。無責任な噂話に盛り上がっていると、情報収集を終えたアラエルが舞い降りた。
「やはり鳳凰が産んだ可能性はありませんな」
「私がお姉ちゃんになる」
背から飛び降りたピヨは、自分がまだ雛に分類される自覚はないのだろう。嬉しそうに「姉になる」と繰り返した。同族で自分より若い個体がいないので、よほど嬉しかったようだ。微笑ましく見守る4人は、突然駆け込んできたリリスに慌てた。
ワンピース姿ではなく、ローブに近い姿なのだ。風呂に入りに行ったことから、湯船に入ろうとして何かあったと察するのは簡単だった。
「アシュタはどこ?!」
「ま、まだ戻ってません」
レライエが立ち上がり、膝に座っていた婚約者が転げ落ちた。慌てて拾う。こぶの出来た頭を短い手で押さえる涙目の翡翠竜は、レライエの胸に抱き上げられて頬を染める。……大したケガじゃなさそう。リリスを含めた全員がそう思った。
「何があったのですか」
一番早く我に返ったグシオンに、リリスは露天風呂を指さした。
「お風呂が溢れちゃった!」
「……溢れ?」
「え?」
掛け流しの温泉なので、溢れるのは当然だ。リリス以外の頭の中に、巨大なクエスチョンが浮かぶ。ピヨはアラエルに飛び付き、アスタロトを呼びに行くらしい。
「来て! 今、ルシファーが押さえてるわ」
押さえるほど溢れたらしい。大急ぎで向かった露天風呂前の脱衣所は、すでに足元が濡れていた。押さえるのが間に合わず、流れ込んだのだ。入浴後すぐに気づいて押さえたが、大量に流入した湯があちこちから地面を割って湧き出していた。
「危ないぞ、湯の温度が高いから近づくなよ」
注意しながら、横から湧き出した新しい穴を塞ぐ。ルシファーはあちこちに魔力による球体を作り出して、お湯を受けていた。量が多すぎるので、屋敷の外へ流しながら上手に調整する。
指ぱっちんで着替えたため、素肌でぽろんはなかった。だが結界が遅れたのか、全身ずぶ濡れだ。純白の魔王の肌に黒いローブが張り付き、ひどく色っぽかった。大公女達は赤い顔で目を逸らし、グシオンは悔しそうな顔をする。ぺたぺたと短い足で歩きながら、アムドゥスキアスが呟いた。
「……意外と平気そうだね」
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