1079. さすがにピヨはない

 雛は親が判明するまで、屋敷に滞在させることに……なるはずだった。しかし、炎を吐くため火災を起こす可能性が高く、アスタロトの猛反対にあう。意地悪で言っている訳でもないので、ルシファーも困ってしまった。


「お待たせいたしました!」


 こう着状態の現場の空気を壊したのは、デカラビア子爵と息子グシオン、大公女シトリーだ。子爵が巨体をくねらせて現れ、グシオンとシトリーが飛び降りるのを待って、大急ぎで人型に戻った。魔王を頭上から見下ろす形になったと詫びる彼を遮り、鳳凰の雛を手渡す。


 デカラビア子爵家は、代々赤い神龍族で炎に強い耐性があった。彼らの屋敷ならば、燃える心配は少ない。預け先が見つかり、アスタロトも胸を撫で下ろした。


「……間違いなく鳳ですな」


 じっくり確認してから、雛が雄であると断定した。鳳凰は雄がほうと呼ばれ、雌がおうと呼ばれる。実際は面倒なので呼ぶ際に「鳳凰」で統一されてきた。種族名という意味では間違っていない。


 正式名称で言い分けるのは、鳳凰の繁殖地である火口を管理するデカラビア家くらいだった。子爵はしばらく考えた後、不思議そうに付け加えた。


「ここ数年、産卵の報告は受けておりません」


「そりゃそうよ。誰も産んでないもの」


 喧嘩夫婦の妻がけろりと爆弾発言をした。この火口に住む鳳凰の誰も、この卵に心当たりはないはず。誰かが身篭り卵を産めば、一族が大騒ぎになる。卵も雛も一族総出で育てる習性があるため、報告なしで産む可能性は低かった。ピヨのように魔王城で暮らす個体の方が珍しいのだ。


「ピヨ、まさかとは思うが……」


 まだ幼児と呼んで構わない年齢だが、雌は雌だ。まずあり得ないが、ピヨの卵か。鳳凰種の間では浮気疑惑が流行っているらしい。アラエルの震えながらの質問に、ピヨはてくてくと雛に近づき胸を逸らした。


「私がお姉ちゃんになってあげてもよくてよ」


 違った。当たり前の事実にホッとする。思わず息を詰めた数人が、安堵の息を吐いた。何しろピヨはらんだ。希少な鳳凰亜種であるため、万が一の可能性を潰すのは正しい対応だった。


「ところで、ピヨのあの言葉遣いはどこから」


「私がみんなと読んだ本のセリフよ」


 眉を寄せたルシファーへ、リリスが笑いながら説明した。アンナが記憶していた物語を、いくつか書いて出版するのだという。その試作本を読んだところ、悪役令嬢という肩書きが出てくるらしい。面白かったと締めくくったリリスに、レライエも頷いた。


「確かにあれは面白く、初めて読む話でした」


「あ、こないだの本ですか? 確かに今の話し方をするご令嬢が出てきましたね」


 シトリーも読み終えていたらしい。興味深くて、借りたその日に読み終えたと3人は笑った。


「ならば、オレも読んでみようか」


「本になる前に読んだら売り上げが減っちゃうわ」


 リリスが指摘する。


「なるほど。予約しておこう」


 上手に販売するリリスに、アスタロトが苦笑いした。魔王が予約するとなれば、本の発行部数は桁が増える。確実にベストセラーの仲間入りだ。魔族は本を読めない者や種族もいるが、魔王史のようにコレクション目的の本もあった。


 ヒットする要素があるなら、後で目を通しておきましょうか。宰相に近い肩書きのアスタロトが、娯楽小説に分類される話を読むと広がれば……更なるヒットは確約済みだった。


 デカラビア子爵の足元を飛び回る雛が、ピヨと戯れる姿は姉弟のようで微笑ましい。ふとアラエルが呟いた。


「本当にピヨの弟ということは……」


「まさか」


 笑いかけたデカラビア子爵が、動きを止めて考え込んだ。ないとは言い切れない。そこでアスタロトが冷静に指摘した。


「温泉の水路に詰まったのは最近です。ピヨの親が産む可能性はゼロに近いですね」


 鳳凰の産卵周期は100年単位だ。考えにくいと納得し、雛はデカラビア子爵家預かりとなった。

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