466. 岩にめり込んだが問題なし
「えらい目にあった」
「ごめんね、パパ」
謝る幼女の上に、幻想ではない兎耳が垂れている。ピンクのケープがひらひらする幼女の頭は、フードに覆われていた。「やばい」「可愛い」「天使か」様々な心の声が溢れているが、細やかな問題だ。今は愛しいリリスを愛でることが最大の関心事だった。
風邪は治したのに、くしゃみと鼻水が止まらないリリスは、ずずっと音を立てて鼻を啜る。息が苦しそうで、手を出さずにいられない。
「啜らないでチーンしてごらん」
綺麗なハンカチを大量に取り出して鼻をかませる魔王の足元は……海だった。正確には、周囲も海に囲まれている。ミヒャール国に侵攻する際にドラゴンの上から見た海の底で、彼と彼女は2人っきりだった。
「せっかくだから、海を楽しんでから帰ろうか」
「うん」
溺れ死ぬ心配はないが、くしゃみをするリリスが濡れると可哀想なので、空気を集めたボールを作って閉じこもった。結界の応用だが、水の冷たさも遮ってあるので内部は温かい。その温かさに釣られた魚が集まるので、リリスはご機嫌だった。
周囲を大きな魚が泳ぐたび、リリスが目を輝かせる。カラフルな珊瑚が足元を彩り、上からステンドグラスのように鮮やかな光が降り注いだ。海底と表現したが、大して深い場所ではない。飛ばされた当初は、足が半分ほど海底に埋まっていたが、今は無事海の中を漂っていた。
幼女のくしゃみにより魔力の大放出を受けた魔法陣は、予想外の場所に彼らを飛ばしたのだ。アスタロトが心配した通り、出口は予想外だったが……ある意味彼の呟き通り、大きな問題はなかった。
普通なら珊瑚が生える岩に足が埋まったら大事件なのだが、ルシファーはあっさり終わる。まるで泥の中に踏み込んだ足を抜くように、すぽっと抜いてしまった。足が潰されたり千切れないのは、さすが純白の魔王である。最強の肩書は伊達ではなかった。
「お魚、持って帰る?」
「食べるならいいが……飼うのは無理だぞ」
これ以上ペットを増やせない事情もあるが、海水で育つ魚を庭の淡水池で飼っても死んでしまう。しかも噴水用の池であるため、魚が自由に泳ぐだけのスペースも足りない。
「パパ、このお魚食べられるの?」
カラフルで、お絵かきに使うクレヨンに似た色の魚が食べられると思わなかったらしい。驚いたように目を瞬いた。その言葉で気づいたが、彼女の食卓は肉が多い。魔物を狩ってくることもあり、以前から肉食中心だった。時折出る魚も、淡水魚ばかりなのだ。
「食べられるはずだ。詳しくはイフリートに聞くが、ほとんどは食用になるぞ」
考えてみるとリリスに付き合って、川魚や湖の魚ばかりだった。淡白な味に慣れたので、海水魚は久しぶりだ。最後に食べたのは……60年ほど前だろうか。記憶を辿りながら説明し、毒の有無などをイフリートが判断すれば食べられると伝えた。
「もってく! あの子と、あの子。あと……そっちの黄色い子も」
リリスが指さした魚を次々と調理場へ転送していく。それから足元の珊瑚もいくつか回収しておいた。この辺りはリリスの装飾品候補なので、色や形をよく吟味して選ぶ。座って珊瑚を選び出したルシファーの腕から飛び降り、リリスも珊瑚を眺め始めた。
「赤いのとピンクの、どっちが可愛い?」
「一番可愛いのはリリス!」
どこのバカップルかと思う質問に、さらにバカップルな答えが返る。互いににっこりして、リリスは紫がかった珊瑚に手を伸ばした。結界があるので触れる前に止まる。
「パパ、これも」
「珍しい色だな」
周囲は明るい色が多い中、黒に近い紫の珊瑚は目をひく。ついでに採取して収納空間へ放り込んだ。それから追加の魚をごっそり転送した。
「よし。帰るぞ」
「また来る?」
「いつでも連れてきてやる」
抱っこし直した愛し子の頬にキスをして、ルシファーは今度こそ魔王城の城門へ転移した。
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