298. 獣王と女騎士の露払い

※多少の残酷表現があります。

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 黒い3対の翼で舞い降りた城は、慌ただしく騒々しかった。大広間がある地上に面した中庭に降りたが、駆け付けた騎士達に囲まれる。鎧を身にまとった武装状態の彼らは、手に剣を構えていた。


「……国王はどこだ?」


 雑魚に用はないと冷めた目を向けるルシファーの斜め後ろで、鞘から剣を抜く音がした。魔法陣によって同行を許されたヤンと女騎士イポスだ。彼女の剣が鞘から抜かれ、月光を弾いて銀色に光る。


「貴様ら、魔族か!?」


「ここは通さんぞ」


 尋ねられた質問にすらまともに答えない人族の群れに、ルシファーは溜め息をついた。腕の中のリリスがびくりと身を竦ませる。どうやら騎士の男たちの怒声が、あの地下室の状況に似ていたらしい。怯える彼女の背をとんとん叩いて落ち着かせ、魔王城から取り寄せた飴をひとつ口に含ませた。


「ほら、リリス」


「ん……」


 大人しく口に入れた飴を転がして、からころ軽い音をさせるリリスが一度飴を手の上に出した。綺麗なピンク色の飴に頬を緩めて、もう一度口の中に戻す。汚れた手のまま、リリスはルシファーの髪を掴んだ。


「我が君、露払いをお命じ下され」


「任せる」


 物憂げにヤンに命じた途端、大型犬サイズだったヤンが魔力を解放する。中庭の彫刻を壊しながら膨張した本来の大きさは、数十倍に達した。獰猛な魔獣フェンリルの出現に、騎士の意識がルシファーから逸れる。


「陛下、何かが……」


 イポスが魔力の変動に気づいて声をあげる。


「問題ない」


 ルシファーの斜め後ろに突如浮かんだ魔法陣が光り、1匹の犬を生み出して消えた。月光に似た銀の毛並みを持つ大型犬は、3つの頭から炎や毒をまき散らして首を垂れる。伏せたケルベロスを見下ろし、淡々と尋ねた。


「地下室の片付けは終わったか?」


 がうっ! 真ん中の頭が返事をすると、気づいたリリスが目を見開く。


「ふぁふぁ! 顔がみっちゅもある!」


「ケルベロスという。気に入ったか?」


「ふぁふぁとおんらじ色」


 頬をリスのように膨らませた幼女は、興奮した様子で話す。飴のせいで舌足らずになった発音が、なんとも可愛いとルシファーが頬を緩めた。イポスは「可愛すぎる」と口元を押さえ、ヤンも耳を伏せてぶんぶん尻尾を振った。


 リリスが口にしたのは魔力の色か、銀色をした毛並みか。どちらでもいいとルシファーは、愛娘の黒髪を撫でる。話すために飴を移動させたリリスの、膨らんだ片方の頬を指先で触れた。擽ったいとリリスが首を竦める。機嫌が直ったリリスの様子にほっとしたのは、イポス達も同様だ。


 リリス姫のご機嫌はどこまでも麗しくあって欲しい――この場の魔族共通の願いだった。


「御前、失礼いたしますぞ」


 人族の動きに気づいたヤンがぶわりと毛を逆立てた。


 駆け出したヤンがルシファーの隣をすり抜け、巨体に似合わぬ俊敏さで騎士を薙ぎ払う。その手の爪や牙、揮う風の刃さえ鋭さを増していた。獣の王と呼ばれる彼らの戦い方は、森の地形を利用した奇襲攻撃が多い。仲間との連携も得意で、集団での狩りは見事な手腕だ。


 開けた場所での単独の狩りは、フェンリルの魔狼としての狩猟方法から考えるともっとも効率が悪い。しかし人族の騎士程度、ヤンの敵ではなかった。ましてや王城にこもりっきりで魔獣との戦い方を知らぬ輩が、最上位の魔獣を前にまともな戦いが出来るはずもなく、次々と爪の餌食となる。


「この卑怯者がっ!」


 魔獣を操るが自らは戦えないと判断した騎士が、ヤンの陰からルシファーへ飛び掛かった。最初の一撃を結界が弾くより前に、飛び出したイポスが剣で受ける。


 弾かれた男が態勢を整えるより早く、イポスの返す刃が胴をいだ。女騎士の片手の動きで、男の身体は二つに分かれる。はらわたをまき散らして地に伏せた。返り血を浴びたイポスのきっちり結った髪の一部がほつれる。


「デスサイズ、余も出る」


 唸って警戒していたケルベロスは「くーん」と鳴くと、姿を消した。ルシファーの声に応え、本来の姿である死神の鎌デスサイズへと戻ったのだ。本来は左腕に持つ武器だが、利き腕の左はリリスが腰掛けている。右手に鎌の柄を持ったルシファーが一歩前に進んだ。


 心得たように露払いのヤンが敵を吹き飛ばす。集結した騎士や兵士を片づけたヤンが唸りながら、その身を再び小さくして地に伏せた。開かれた血塗れの道を歩いた先は、大広間と中庭を繋ぐテラスがある。その扉に手を触れることなく開き、ルシファーは大広間に集まった数十人の人族を眺めた。

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