216. お泊り会が目前に迫っています

 謁見の大広間は静まり返っていた。必要以上に響く足音が、ルシファーの憂鬱を煽る。玉座に腰掛けて顔を上げた。出来るだけ見ないように入ってきた広間の段下には、大公3人が並んでいる。


「ベルゼは?」


「まだ片づけを終えていないようですし、彼女は会議より現場を選びましたので」


 遠まわしに脳筋よばわりしながら、ベルゼビュートがいない状況を説明された。怖いので頷くだけに留める。左腕に座っていたリリスは玉座の上でするすると滑り下りて、膝にお座りした。ご機嫌で足を振っているのはいつもの仕草だが、踵が丁度すねに当たる。


「リリスは少し大きくなったな」


 足が脛に届かなかった頃は膝の上でじたばたしていたのだが、最近は脛に掠めるようになっていた。今日はちゃんと届いている。子供の早い成長に頬を緩ませれば、ルキフェルが手を繋いだベールを見上げた。


「ルキフェルも大きくなりましたよ」


「うん」


 嬉しそうにルキフェルが笑うところまでがセットだ。ちゃんと終わるのを待って、アスタロトが口を開いた。


、人族の都での茶番の理由をご説明ください」


 丁重な態度なのに、どうしてかアスタロトの方が偉そうに感じる。茶番の内容はベール達も共有しているらしく、同様に問いかける眼差しが向けられた。尋ねられるのも説明も覚悟していたので、重い口を開く。


「支配階級の一部が暴走した結果だ。主犯と直接ゾンビを作った連中だけ回収すれば、後は人の裁きに任せようと思った。ちょうどリリスに説明するところだったし、多少内容を演出しながら人族にも聞かせてやっただけだ」


 人族に自浄作用がなく、教会に放り出された協力者が処罰されないならば、改めて魔族が攻め込む理由になる。そう匂わせるルシファーの言葉に、アスタロトは辛辣に返した。


「人族に自浄など期待できません。あの場で滅ぼしてしまえばよかったのです」


「でも、リリスに悪いことしなかったもん」


 幼子の基準は単純だ。自分に害を加えられたか、否か。


 言い切ったリリスへ向き直ったアスタロトは、少し声を和らげて言い聞かせる。


「リリス嬢は忘れているかもしれませんが、彼らはゾンビを作って送り込んだのですよ。沢山の住民が危険に晒されましたし、リリス嬢の遠足も邪魔されたでしょう? すごく悪いことをしたのです」


「パパ、ゾンビの街はやっつけた方がいいかも」


「……アスタロト。リリスを洗脳するな」


 あっさり意見を変えた愛し子の髪を撫でながら、ルシファーが溜め息を吐いた。口がうまい側近は外交で役立つが、気をつけないとこちらまで言いくるめられてしまう。能力が高い側近を従える条件は、自らの能力を高めて利用される側に回らない努力をすることだ。


「陛下、ゾンビの主犯についてはアスタロトに預けましょう。魔術師はルキフェルが調査の対象にしたいと申し出ています」


「それでいい」


 主犯のふとっちょ貴族を許す気はない。アスタロトに惨殺されようと同情する余地はないし、魔術師に関しては、ゾンビに呪詛を付帯した理由を調べなくてはならなかった。今後の対策に必要な処置なので、これはルキフェルが向いている。


 反対する理由がないので、ベールの提案を受け入れた。


「もうひとつ議題が残っておりまして」


 問題があったと額を押さえて項垂れるベールに、嫌な予感がする。愛用のポシェットから取り出した飴の小瓶を示され、蓋を開けて返すルシファーが続きを促すために顔をあげた。


「リリス姫の側近候補が明日から城内にあがります」


「はい?」


 間抜けな返答をしたルシファーがひとつ空咳からせきをして、言い直した。


「今、なんと?」


「ですから、明日から各種族のご令嬢方が登城します」


「……いつ、そんな話に」


「手配をした後で陛下が行方不明になられて、どうしようかと思いましたが……予定通り戻ってこられて安堵いたしました」


 にっこり釘を刺すベールに「逃げる余地はない」と逃げ道を塞がれた。幾らなんでも忙しすぎると変更を要請しようとしたルシファーだが、ルキフェルは「僕は調べてくる」と目をそらして逃げ出す。アスタロトはにっこり笑って一礼した。


「私も主犯の処断がございますので、失礼いたしますね」


 すたすたと背を向けてルキフェルの後を追った。残されたルシファーに助け手はいない。


「パパどうしたの?」


「リリスのお友達になりたい子が、明日から来るんだよ。仲良くできるかな?」


「お友達! たくさん来る?」


 彼女にとって保育園が自宅にやってきた感覚だろう。翌日の慌しい騒動を予想しながら、返答を待つベールに「わかった」と返答するしか手はなかった。

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