215. 側近は多彩な特技が必須です

「……陛下、何をしておられるのですか」


 驚きすぎて疑問符すら忘れたアスタロトの声に、頭上を振り仰ぐ。主を見下ろす形に気付いたアスタロトは、大きな荷物と一緒に下りてきた。


 右手に持つつなの先に複数の人間が縛られている。ぶら下げたまま結界も張らずに飛んできたのだろう。ぐったりした連中は、やたらと身なりが良かった。服装はもちろん、無駄に装飾品が多いし、体重もしっかり重そうだ。肌も脂ぎっていた。


「後で説明するが……そいつが主犯か?」


「ゾンビ作りを命じた主犯格ですね。実行犯の魔術師はすでに城門前に転送しました。協力していた貴族はまとめて縛り上げ、教会の前に放り出してあります」


 魔術を使ってゾンビを製作したなら、当然痕跡が残る。魔術師はすぐ捕獲できただろう。そしてアスタロトが少しばかりすれば、彼らはぺろりと主犯を喋ったはずだ。


 ……ちょっと魔術師が気の毒な気もする。アスタロトの尋問なんて、オレだって嫌だ。全力回避で逃げ回る案件だぞ。精神的に追い詰めすぎて涎とか出ちゃってる魔術師を、心の底から哀れんで見つめる。


「ありがとうございました」


「主犯は捕まえたが、まだゾンビがいるかも知れない。戸締りをしっかりしろ」


「は、はい」


 頭を下げて礼を言う人族に忠告してやりながら、不思議そうな表情のアスタロトから目をそらす。左腕のリリスは、ご機嫌で人族に手を振っていた。しがみ付いたリリスの黒髪が風に揺れる。


「パパ、臭いの作った人はコレ?」


「人を指差しちゃいけません」


 コレ呼ばわりは無視して、とりあえずリリスの指先をきゅっと握る。喜んだリリスがぶんぶんと手を振るので、付き合ってやりながら説明を始めた。これもすべて、残っている人族に聞かせるためである。


「臭いゾンビを作ったのは魔術師で、命じたのがこの貴族連中だ。どうやら王族に内緒で資産を増やそうと、魔族にケンカを売ったらしい。こないだから沢山ゾンビが来ただろう? あれは全部、こいつらの所為だ」


「資産ってなぁに?」


「土地、薬草、魔獣の素材、鉱石……種類は知らんが、欲しいものがあったんだろうな。貴族の墓所が魔王城前にから、今後は攻め込み放題だぞ」


「攻め込んでどうするの?」


「リリスはどうしたい? 臭いゾンビを送ってきた街だから、壊しちゃおうか」


 試すように尋ねると、リリスは小さな指を口に咥えて考え込んだ。まわりの人族が真剣な顔でリリスの次の言葉を待つ。


 しんと沈黙が下りた場所で、猿轡さるぐつわをされた貴族がなにやら叫んだ。しかし聞き取れない上、アスタロトに蹴飛ばされて黙る。


「悪い人はやっつける」


「さっき追っかけられてた人は?」


「おうち帰っていいよ」


 リリスの中で『許してあげる=おうちに帰る』となるらしい。なるほどと頷いたルシファーは、後ろで待っているアスタロトへ向き直った。


「というわけだ。我が妃の希望ゆえ、ここの住民に手出しはならぬ。教会前の貴族については人族の裁きに任せるとしよう」


「かしこまりました。


 互いに上手に芝居を終えると、ルシファーは見せ付けるように黒い翼を4枚広げた。複数対の翼を持つのは魔王のみ。人族にも伝わる伝承を示しながら、転移で城門前に移動する。


 見慣れた城の前に広がる丘は、まだゾンビが散らばっていた。片付けには数日かかりそうだ。溜め息をつきそうになって我慢する。大きく吐くと吸い込む臭いも増えてしまう。


「ルシファー様、あたくし頑張ってますわ!」


 手を振るベルゼビュートは、胸元が大きくはだけたドレス姿なのに右手にゾンビの頭を掴んでいる。汚れ仕事をいとわず積極的に片付ける姿は立派だが、正直なところ近づきたくはない。顔を引きつらせたルシファーが「ご苦労さん」と労うと、引きずったゾンビを転送用の魔法陣に放り込んで手を振った。


 そういえば、城門前でリリスが大爆発やらかしたときも、アイツは自分に結界を張ってなかったな。臭いがつくことを嫌がるが、あの腐肉に触れるのは平気らしい。


 ……ベルゼなりに頑張ってるんだから、あとで何か褒美を用意するか。


 見た目が放送事故レベルのベルゼビュートに手を振って城門へ近づくと、衛兵に囲まれた数人のローブ姿が簀巻すまき姿で転がっていた。縛り方が上手なので、おそらくアスタロトが縛ったのだろう。


 奇妙な特技の多い側近を思い浮かべると、まるで召喚したみたいに現れた。右手に握る綱の先は、主犯がやはり簀巻きにされている。猿轡を噛まされた太った貴族がアザラシのように暴れた。いや、アザラシに失礼な表現だったか。


「ルシファー様、ご説明をお願いしますね」


「……わかった」


 どうやら見逃がしてはもらえないようだ。

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