214. ゾンビ狩り終了のお知らせ
殺されるかも、罠じゃないかと怯える住民だが、背に腹は代えられない。迫るゾンビの手から逃れる形で数人が魔法陣に逃げ込んだ。
白銀の魔法陣の上にいる住民をゾンビは避けて通る。その様子が目撃されるや否や、我先にと住民達が魔法陣に駆け寄った。
飛び込む住民が増えるたび、少しずつ魔法陣は広がっていく。おかげではみ出ることなく、生き残り達は魔法陣の中に保護された。この程度の魔法陣は、ルシファーにとって魔力の消費量的にも誤差であり、負担にならなかった。
最終的に助かったのは、目撃者の半数ほどだ。
「パパ、後ろにもぉ」
「こら、リリス。目を閉じてなさい」
「だっていっぱいいるもん」
生き残った住民は浄化魔法陣の上で手出しできず、死んだ住民を仲間に加えたゾンビの獲物は、お姫様を抱えた魔王様のみ。ぐるりと囲まれた状況に興奮したリリスは、言うことを聞かない。しかたないと苦笑いして、釘を刺す目的でもう一度声をかけた。
「気分が悪くなったら言うんだぞ」
「うん」
しっかり頷いたリリスが、正面から抱き合う形からもぞもぞと体勢を変える。ルシファーの左腕に腰掛けると、首に手を回した。頬を擦り寄せて抱きつく幼女の背に、ふわっと白い羽が生まれる。ルシファーが背の翼を消しているので、リリスの白い羽は人目を引いた。
「あの子も、魔族なのかい?」
「可愛い……」
「あんな子供でも魔族だぞ」
様々な声が向けられるが、リリスは気にした様子はなかった。逆にゾンビの方が気になるらしく、大きな赤い目を瞬いて首をかしげる。
「なんで人の形してるの?」
「人を殺してゾンビにしたんだろう。今までは魔物を殺して送り込んできたが、手元にある墓を荒らしたか。どっちにしろ倫理観を疑う行為だな」
「ふーん、酷い人がいるんだね」
リリスと会話した内容を、わざと後ろの人族に聞かせた。彼らには魔族にとって都合のいい噂を吹聴してもらう必要があるのだ。子供に説明する口調ならば、丁寧に言い聞かせても不思議はない。都合のいい状況だが、リリスを利用するようでちょっと気が咎めた。
八つ当たりを兼ねて、近づくゾンビを斬り捨てる。悲鳴に混じって名を呼ぶ声が聞こえるのは、知り合いが混じっているのだろう。
ゾンビになった彼らを生き返らせる方法はない。死んで呪われたため、元の死体に戻して弔う方法が一番理想的だった。ゾンビの死体は衛生的に問題があるので、処理方法として燃やすことを推奨される。今回は呪詛のせいで炎耐性があり、浄化しか受け付けなくなっていた。燃えないなら埋めるしかない。
「ばしゅっ!」
斬る時の音を真似たリリスの可愛い声と同時に、彼女の右手が上から下に振り下ろされる。右横に近づいていたゾンビが、真っ二つに割れた。
「……えぇ?」
「リリスも出来たっ!!」
「あ、ああ……上手に出来たな」
とりあえず褒めたルシファーだが、視線の先にあるリリスの手に武器はない。刃物なんて危険なもの持たせないし、そもそも白い手を振り下ろしただけ。右手の刀を地面に突きたて、そっとリリスの右手を顔の前に捧げ持つ。とくに爪が長いとか、小さな刃物を隠し持っているわけじゃない。
それもそうだ。侍女のアデーレが爪を切ったり手入れをしているのだから、リリスの爪が長いわけはない。だとしたら、何が武器になったのか。
「パパ、また来たよ」
怖がる様子がないリリスは豪胆さを発揮し、にこにこと正面を指差す。追求を後回しにしたルシファーは刀を右手に、再びゾンビ退治に取り掛かった。面倒だが苦労して助けたように演出する必要がある。その方が
「パパ、あれも!」
「これで最後か」
ゾンビの姿がなくなったことに、街の住民達が恐る恐る魔法陣を出た。もう蘇らないが、やはり恐怖はそう簡単に消えるものではない。しかしルシファーやリリスに嫌悪や憎悪を向けるほど、彼らは恩知らずではなかった。
「あ、ありがとう」
最初に礼を口にしたのは、友人がゾンビになった少女だった。続いて街の住民達が思い思いの言葉で礼を告げる。するとルシファーの腕に座るリリスは、嬉しそうに笑った。
「よかったね、パパ」
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