213. 策略を覆すための策略

 他人の権利や命を軽く考える権力者の考えそうなやり口だ。お抱えの魔術師にゾンビ化技術を作らせた連中にとって、この技術が王都や王族に知られると不味まずいのだろう。


 こちらの肩書きや立場にまだ気付いていないだろうが、魔王城に繋がる穴から複数の魔族が姿を現し、そのせいで住民達が騒ぎ出した。他の街や都にこの噂が広まれば、ゾンビや魔王城へのルートがバレてしまう。権力者にとって、それではうまみはない。


 王族や上位貴族に隠して実験を行っていた場合、自らの進退に関わる。ましてや今回は都に怒った魔族を呼び寄せ、その姿を見た住民が多数出てしてしまった。


 自分達が優位に立てる情報や手段は、独占してこそ価値がある。この都を支配する権力者にとって、貴族の墓所に偽装した穴から出てきた魔族を目撃した住民は、があるのだ。


 生き残りが出ては不都合極まりない。ならば、生き残りを作ればいい。


「リリス、これからゾンビをやっつける。臭いから鼻を摘んで目を瞑ってなさい」


「うん」


 潰しても切っても臭いゾンビだが、今回は人族タイプだ。可愛いリリスの目に、浄化で焼き殺される人族の姿は残酷すぎるだろう。いくら死体でありゾンビでも、幼女に見せたい光景ではなかった。


 素直に目を閉じて鼻を摘んだリリスが、ルシファーの胸元に顔を埋めた。その黒髪をさらりと梳いてやり、楽しそうな表情のアスタロトに命じる。


「オレがゾンビを片付ける間に、お前は首謀者を探して来い。絶対に殺すなよ」


「はい、仰せのままに」


 魔王の命を受けて、吸血種の長がコウモリの羽を広げた。ばさりと音を立てて滑空するように地上へ向かう。しかし地上の人々は襲ってくるゾンビパニックで、とても上空の様子を見る余裕はなかった。


 浄化の魔法陣を大量に周囲へ描いて、ひとつずつ転送していく。人々の足元に浮かんだ白銀の魔法陣が一瞬だけ光って消えた。


「ふむ。権力者の暴走で溢れたゾンビから、住民を助けた魔族という形はのちに使えるか」


 出現した魔族諸共もろとも、住民を殺そうとした権力者が一番困る事態を想定した。すべての人族が魔族に敵対心を持っているわけではない。ほとんどの人族は、魔族と関わりなく生きて死ぬのだ。遭遇しなければ、その存在すら御伽噺おとぎばなしレベルの認識だろう。


 ゾンビの発生した原因がこの都の権力者にあると知り、彼らの欲望のために犠牲として殺されかけたと理解した住民達はどうするか。


 魔族に置き換えればわかる。住民を守らない権力者は、その地位から引き摺り下ろされ放逐ほうちくされるのだ。魔族であれば引き裂かれ、命を奪われる事態のはずだった。


 権力者もその危険性を理解するからこそ、すべての戦力ゾンビを投入して目撃者の殲滅せんめつを図るだろう。だったら、目撃者をこちらに取り込めばいい。彼らの目に留まるよう、地上でゾンビ退治をしよう。


 もちろん人族が魔族に好意的に接すると期待するつもりはなかった。しかしゾンビに襲われる人々にとって、助けてくれるなら魔族や魔物でも感謝の対象だ。


 助かった連中に噂を吹き込めばいい。『この街の貴族がゾンビを大量に作った』と。


 リリスを包むように複数の結界を張ると、ルシファーは黒い翼をたたんで地上に降りた。ゾンビに敵を判断する能力はなく、ただ目の前にを殺して取り込もうとするだけ。


 腐った手を伸ばす人ゾンビを数体まとめて斬り裂く。右手に呼び出した刀に風の刃を纏わせた。さらに上から浄化の魔法陣を追加する。武器への魔術付与は人族の考えた技術だが、8代ほど前の勇者が好んで使った手法だった。


「あ……魔族!? なんで」


「おれらを助けたのか」


 驚いて逃げる足を止めた人族に視線をやると、なぜか顔を赤らめられてしまった。おっさんに赤面されたルシファーは内心疑問に思うが、すぐに意識を切り替える。近づいてきたゾンビを切り捨て、後ろにひとつ魔法陣を描いた。


「死にたくなければ、その結界魔法陣の上に乗れ」

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