839. 間に合いませんわ!

 早朝から側近は忙しかった。リリスの側近4人は魔王妃の着替えの手伝いはもちろん、自らも着飾る必要がある。婚約者がいて結婚相手を探す必要がなくても、適当な恰好で魔王妃の後ろに立つわけにいかなかった。アデーレと打ち合わせた時間まで、あまり余裕がない。


 ルーシアは侯爵令嬢として育った環境もあり、ドレスの着付けや髪型の知識が豊富だ。公式の場での振る舞いも叩き込まれていたため、前夜に同僚を集めてドレスやお飾りの調整を済ませた。当日になってドレスや宝石の色が被る事態を避けるためだ。


 そういった意味で、主君であるリリスのドレスは真っ先に決められるのが通例だった。直前で変更があった場合に備え、予備のドレスやお飾りも用意する。女性は主人と衣装が被るのは特にタブーのため、ルーシアは念入りに打ち合わせを行った。


 ルーシアは青い髪と瞳をもつため、淡いピンク色のドレスにした。宝石類はすべて濃青に統一する。ヒールの靴を水色にして、髪飾りに黄色い差し色を選んだ。


 婚約者の翡翠竜を抱っこ予定のレライエは、青い耳飾りが決まっている。アムドゥスキアスからプレゼントされた瑠璃龍王の鱗のため、これは譲れない。そこで首飾りをシンプルに地金だけにした。鮮やかなオレンジの髪を結い、黄緑色のドレスに身を包む。抱いた翡翠竜の色が浮くよう、黄色に近い色合いを選んだ。


 華やかなレライエと対照的に、シトリーは紫色のドレスだ。小麦色の肌には淡い色が似合うため、ラベンダーの赤に寄った色を兄がプレゼントした。銀の髪と瞳に合わせ、シンプルに地金が銀のアクセサリーで、宝石類も透明だった。


 ルーサルカはアデーレの見立てで、ミントブルーの爽やかなドレスを纏う。濃い茶色の髪を引き立てるよう、銀系のアクセサリーに琥珀色の宝石をあしらった髪飾りを大きくつける予定だ。耳飾りを省き、かわりに首飾りは3連の細い紐状の琥珀ビーズにした。


 魔王妃の側近として一級正装となるため、ドレスの形は全員同じだ。シンプルなシルクのドレスは、胸のすぐ下でスカートに切り替わる。ベルトのように帯が入った位置が高いため、すらりと足が長く見える利点があった。上半身は肘の上まで隠すレース素材の上着で覆い、肘までの手袋が義務付けられる。


 つるんとした絹のスカート部分に、刺繍を施したり地模様で飾るのが個性となる。正式な場になるほど、地模様の方が格が高くなるので、今回は4人とも織り込んだ模様中心の装いだった。


 主君リリスが魔王妃殿下としてお披露目する場は、結婚式に次ぐ公式行事だ。最上位の格を持つドレスで並ぶのが礼儀だろう。レース模様もリリスの百合と被らないよう、花模様を変えたり流水文様に変更する念の入れようだった。


「急がなくちゃ」


 ルーシアが自室を出ると、すでに廊下に先客がいた。オレンジの髪が印象的なレライエだ。彼女に追いついて挨拶を交わす間に、後ろからシトリーが合流した。しっかり者のルーサルカがいないことに首をかしげる彼女らは、目的地のリリスが使う客間の前で目を見開く。


 母であるアデーレに着つけられたルーサルカは、きっちり正装姿だった。自分たちの中で一番早起きしたであろうルーサルカに同情が集まる。獣人系は睡眠時間を大切にするのに……きっと真面目な彼女は前夜にしっかり準備してから寝たに違いない。目の下に隈が浮かんでいるが化粧で隠していた。


 ふさふさの狐尻尾は手入れが行き届き、毛並みは艶がある。丁寧にブラッシングされた尻尾は香油を使ったのか、振ると爽やかな香りが広がった。


 赤いドレスは少し艶を押さえた落ち着いた色合いで、アイボリーのレースを羽織った形でコントラストを強調する。アデーレが用意したお飾りに合わせ、アスタロトが準備したドレスだった。アイボリーの靴は小さな花があしらわれており、まだ少女らしさも残す演出が可愛らしい。


「早くしないと間に合いませんわ! 陛下、陛下!!」


 不躾なほど勢いよくドアをノックするアデーレの様子に、困った顔のルーサルカへ3人と1匹の視線が集中する。事情を問う友人たちに、ルーサルカは溜め息をついて答えた。


「陛下が起きてくださらないの」

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