1038. 魔力を流す、んすか?

 ルキフェルは持ち込まれた案件に順番をつけて、部下に割り振った。優先すべきは人族より狒々の方だ。知能が高く雑食の狒々が飢えていたなら、肉食動物はさらにひどい飢餓状態にある可能性があった。


「調査結果が出たらすぐに持ってきて」


 現場の調査は魔王軍が担当する。持ち帰ったデータの照合や集計を行うのが、研究所の仕事だった。分析は得意だが、現場での作業は専門外だ。


 ベール指揮の下、魔王軍は手分けして各地の動物の栄養状態の確認に走った。結果が出るまで半日以上かかるため、集計や分析は明日以降となる。


 子狼のアミーが疲れたから、とゲーテは自室に引き上げてしまった。予定外の襲撃と戦闘があり、彼も疲れたのだろう。


「今日はもう終わりね。少し遅いけど、プリンよ」


 リリスが作ったおやつを、ルシファーが亜空間経由で厨房の冷蔵庫から取り出す。よく冷やされた銀の器は、すぐに白く霜が張った。


「ルシファーと私、ルカとアベル、アシュタ、ロキちゃん、ベルちゃん……んー、足りるわね」


 襲撃後に帰城してから作ったデザートは、すでに大公女達に配り終えていた。多めに作って正解だったとリリスが微笑む。ちなみに冷蔵庫内にまだ2つ残っている分は、彼女の夕食後のデザートと朝のデザートとなる予定だった。


 イポスとヤンは味見を終えている。最初に食べさせられたので、ある意味、毒見でもあった。


「ご飯前にいいんですか?」


 アベルが心配そうに尋ねる。以前にリリスが食事前にデザートを食べ、アデーレに叱られる場面を見たことがあった。同じ状況にならないか心配なのだろう。


「平気よ。みんなで食べたら怖くないわ」


「一理ある」


 頷くルシファーが真っ先に手をつけ、続いて大公達が続く。リリスもぱくりと口に含み、幸せそうに笑った。ルーサルカやアベルも食べる頃、慣れた手つきでルキフェルがコーヒーを運んできた。


「プリンだから紅茶でもよかったけど」


 研究所は眠気覚ましも兼ねて、普段からコーヒーを淹れている。その道具を使ったので、紅茶より早く準備ができた。たっぷりとミルクを足すのはリリスとルキフェルだ。アベルは砂糖のみ、他の面々はブラックで口をつけた。


「そちらはどうでした?」


 アスタロトの問いかけに、ルシファーが苦笑いを浮かべる。


「ミヒャール湖だったか、湖に行ったら人族の生き残りに襲撃された」


「うわぁ……最悪っすね」


 アベルが顔を顰めて、気の毒そうな視線を向ける。だが彼らも襲撃されたのだから、似たような状況だった。


「そちらは?」


 話を向けられ、ルーサルカが説明役を買ってでた。


「狩りの後、ゲーテ達と合流してお義父様お勧めの赤い椿を見に行ったのですが……狒々に囲まれました。お義父様がいなくなったのを待って襲われたので、アベルが頑張ってくれて」


「ほう。あの魔剣はどうだった。よく斬れるだろう」


 褒美として剣を与えたルシファーが、切れ味を尋ねる。アベルは思い出したように首をかしげた。


「それが、斬れる時と斬れない時があって」


「ちゃんと魔力を流したか?」


「なんですかそれ」


「「……え?」」


 使い方を間違えたのではないかと指摘するルシファーに、アベルはきょとんとした顔で反射的に言葉を吐き出す。向かいでベールとルキフェルが奇妙な顔をした。


「魔剣って、魔力を流さないと斬れないよ?」


 ルキフェルが「嘘でしょ」と呟きながら、彼らにとって当たり前すぎる事実を突きつけた。異世界から来たアベルには寝耳に水だ。魔法を使うときに魔力を使うのであって、剣術にも魔力が必要と知らなかったのだ。


「流す、んすか?」


 驚きすぎて言葉がおかしなことになったアベルに、大公3人と魔王が頷いた。沈黙が落ちる。


「まさか棍棒代わりに振り回したのですか? あの名剣を……」


「いや……あの、あとで試してみる……ます」


 まだぎこちないアベルの応対に、4人は自分達の説明不足に気づいて肩をすくめた。

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