1140. 愛された記憶を記録に変えて
ヴラゴから話を聞いたところ、リザベルが「魔王の子供がいれば、一族の復興がなる」と言い出したらしい。レラジェは魔王の隠し子というのがもっぱらの噂で、それを信じた彼女の暴走だった。彼女自身、何らかの理由で子供が産めなくなっていたようだ。
子供が産めない雌は、一族の中でも肩身が狭い。子爵令嬢の肩書きも親の代で失われる可能性があった。追い詰められ精神的に病んだ彼女を、ヴラゴは母のように慕っていた。リザベルに言われたら、それが罪であっても手を染めてしまうほどに。
子供がいないことで、子供が欲しかった。その子が魔王の子ならなおいい。強い子を手に入れたら一族の中でも認められる。リザベルはそう考えた。目の前にいる養い子ヴラゴの思いを知らず。強い子というなら、すでに彼女の手元にいたのに。
不安定な彼女に育てられ、ヴラゴの常識は偏っている。それならば子供からやり直せばいい。竜から人へ変わることが出来るだけの魔力を有しているのに、その変化の方法を知らないことが彼の境遇を語っているようだった。
リザベルが数回やり方を見せてやれば、勘のいい子なら真似をして人化する。そんな基礎的な教育すらせず、ヴラゴは手足のように使われていた。それでも母親と慕う彼が、いっそ哀れに思える。
「ママは僕を愛してくれなかったの?」
ほとほと、大粒の涙を溢す小竜をリリスは優しく撫でた。ルシファーの腕の中で、ヴラゴは抑えていた感情を吐き出す。これは彼の成長に欠かせない、大切な儀式のようなものだった。
「ヴラゴはどう思う? 他人の子を拾って、大きくなるまで育てる。食料も取ってやらねばならないし、泣いたら相手をする必要もあった。寝床も用意するはずだ。それでも愛されなかったと思うか?」
「ううん」
拾った頃は、産めなくなった子供の代わりに愛しんだのだろう。途中で精神を病んでしまうまで、いい母親だったはず。そうでなければ、とっくにヴラゴは死んでいた。赤子を育てる苦労を知るからこそ、ルシファーは嘘を言わずに彼に答えを出させた。
「リザベルは病だった。治らなかったけれど、お前を嫌っていないさ。お前を助けるために、魔王城に飛び込んだんだぞ? そんなの、勇者だって怖い」
ルシファーの指摘にはっとしたのは、周囲の方だった。魔王達の強大な魔力がいない隙を狙い、彼女は牢の鍵を手に入れようとしたのだ。その留守を利用して、レラジェを奪おうと考えるなら分かる。だが、リザベルは捕まった養い子を優先した。
「……ママは僕を好きだった?」
「ヴラゴ、その名をくれたのもリザベルだ」
あだ名に近い名を、リザベルが名付けたと表現する。事実であり、実際の状況と異なるが……彼は小さく頷いた。ルシファーが改めて名付けの権利を行使する。それによって、個体としての名がヴラゴで固定された。
「一人で獲物を取れないヴラゴのために狩りをして、ここまで育ててくれたんだ。リザベルのことを誰が悪く言っても、お前だけは信じてやれ。立派な母親だ」
泣きながらヴラゴは何度も頷いた。その度に涙がこぼれ落ちる。リリスがハンカチを取り出して、ヴラゴの首に巻いた。三角の前掛けのような巻き方は、涙も吸い取ってくれる。
「リザベルの話を聞かせて? あなたのお母さんでしょう」
リリスが手を伸ばして呼ぶと、ヴラゴはルシファーを見上げてからリリスの腕に飛び移る。小さな翼を広げて、器用にバランスを取った。その飛び方は、教育を受けていた過去を覗かせる。
「不幸な
溜め息をついて妥協案を出すアスタロトに、ルシファーは「ああ」と短く返した。
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