1139. うやむやにする方法
リザベルが死んだと理解したドラゴンは、不穏分子について知っている情報を吐き出した。ドラゴンはヴラゴと呼ばれているが、正式な名前はないらしい。というのもドラゴンには珍しい捨て子だった。一族同士の繋がりが深い竜族や竜人族は、同族の子供を拾って育てることが多い。
ルキフェルは力が強大過ぎて無理だったが、本来なら同族が育て上げただろう。そんなドラゴンの中で、彼だけが群れから弾き出された。理由は父親が反逆者だったからだ。魔王に仕掛けてベール率いる魔王軍に殺された。その不名誉を、ドラゴン達は背負いたくなかった。
いくらドラゴンが強い種族だと言っても、それは成人してからの話で子供は別だ。放置すれば魔物の餌になる可能性もあったが……同族は彼を見捨てた。偶然が重なり、魔王城周辺が慌ただしかったこともあり、気づかれぬまま捨てられた幼児を拾ったのがリザベルだった。
詳しい話を聞きながら、ルシファーは顔をしかめた。心当たりがある。リリスを拾った頃から、人族との間の事件が増えた。争いに気を取られ、各種族への統制が緩んだのだろう。申し訳ないことをした。心からそう思う。あの頃に怠った視察のツケが、ヴラゴだった。
両親がつけた名は失われ、幼児だった彼に名付けたリザベルは死んだ。実の親と育ての親の両方が魔王の敵になったこの子は、ずっとドラゴン姿のまま人化しない。
「すまなかった……気づけなかったオレの所為だ」
魔族は子供を大切にする――それは罪人の子でも適用されるはずだった。だがドラゴンは強さを貴ぶ。負けた父親に不名誉があれば、それは一族の恥と認識された。いつもなら自分と対峙した魔族の子孫はある程度追跡していたし、視察で気づくことも多かったのに。
あの頃のルシファーはリリスにかかりっきりだった。未来の魔王妃に関する対応と考えれば間違いではない。しかし、最低限の役割を怠った結果である事実は覆らなかった。
罪人であるドラゴンであっても、ヴラゴがこの道を選んだ原因は自分だ。ルシファーの謝罪に、ヴラゴはぼろぼろと涙を零した。しゃくりあげ、短い手で顔の涙を拭おうとする。そんな彼に近づいたリリスが、無造作に手を伸ばした。
警戒する様子なく、黒焦げの鱗に手のひらを押し付ける。それから解放された魔力をゆっくり流し込んだ。目を閉じて、高めた魔力で黒髪を揺らすリリスの姿は気高さすら感じる。
「リリス?」
「しぃ……もう少しよ」
問いかけるルシファーを黙らせて、金の瞳を輝かせるリリスがヴラゴに微笑みかけた。
「ゆっくり手足を縮めて……丸くなるの。そうよ、上手だわ」
リリスの言葉に従い、身を縮めたヴラゴが見る間に小型化していく。翡翠竜に似たミニサイズのドラゴンは、地面の上から抱き上げられた。ドレスが汚れるのも気にしないリリスは、ドラゴンを胸に抱いてルシファーを振り返る。
「抱っこしてあげて」
「あ、ああ」
ルシファーが受け取ると、黒いドラゴンはぶるりと身震いした。古い鱗が剥がれて、新しい鱗が出て来る。焼け焦げて黒一色だったヴラゴは、美しい水色のドラゴンだった。
「何が起きた?」
「これは重畳、今回の事件を
疑問を呈したルシファーの腕に縋りつくドラゴンを見て、アスタロトは嬉しそうに笑った。一族の名誉を守ったモレクのおかげで魔の森は持ち直した。その功績と遺志を綺麗に残し伝えるには、リザベル子爵令嬢の暴走は邪魔だ。だが、このヴラゴにすべての責任を押し付けるのも非道だった。
ならば事件自体を別の話に挿げ替えてしまえばいい。史実を編纂するくらい、魔王と大公が揃えば簡単なことだった。魔族の歴史は、彼らの手によって記されてきたのだから。
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