198. 囚人がいたので救出しました

「青いの、薄くなってきたよ……」


 不安そうに呟くリリスが、親指を口元に持っていった。爪を噛むような仕草を見せたので、そっと手を掴んで遠ざける。


「噛んじゃダメだ。リリスが気になるなら見に行こう」


 人族の拠点のひとつだが、敵になる存在は確認できない。剣や弓を手に戦う者はアスタロトに集中しているし、あの物置は放置されていた。誰も注目しない建物で、罠らしき嫌な感じもしない。


 アスタロトに一応念話で伝えてから、物置の前に下りた。白い壁に不似合いな扉は古い木材のこげ茶色だ。見えづらいが表面に魔法陣が描かれていた。


「リリス、扉に触れるなよ」


「うん」


 言いつけを守る幼女に笑顔を向けてから、扉の隣の壁をぶち抜いた。魔法陣に触れたら、おそらく消滅させてしまう。今回制圧した拠点には、調査が得意な魔族を派遣する予定なので、あまり証拠品を破壊しない方がいい。


 壊れた瓦礫の白い壁を乗り越えて入った部屋には――複数の魔族が囚われていた。


 扉から正面に当たる壁に吊るされた3人の魔族は、すべて種族が異なる。左側から猫耳族ケットシーの少年、吸血系の女性、狐尻尾の獣人系少女のようだ。正確な種族はわからないが、人との混血のように思われた。


「この人達、助けてもいいの?」


 リリスの中の基準はまだ不安定だ。善人悪人の判断が曖昧で、昨日からの状況に混乱していた。そのため自ら判断できずに、ルシファーへ頼るという行動に出たのだ。リリスの背を叩いて落ち着かせながら、可愛い娘にひとつの基準を与える。


「助けよう。どうやら人族に捕まったみたいだな」


 鎖に手首を吊るされた状態だし、彼らは人族側の協力者ではなさそうだ。万が一、敵の罠で攻撃を仕掛けられても対応できる結界がある。他者の痛みを思いやれるリリスに、そのまま大人になって欲しかった。


 優しさや労わりの心を持ち続ければ傷つけられる場面も増えるが、それでも魔王妃に求められる資質のひとつである、穏やかさや優しさを忘れないで欲しい。


 ルシファーが指をぱちんと鳴らすと、鎖が切れて彼女らは床に膝をついた。


「痛そう」


 リリスが顔を歪めた。その視線は、助けた魔族の傷へ向けられている。


 女性はともかく、両側の子供達は足がつかない状況で吊られたため、手首の傷が酷い。右手のひらに治癒の魔法陣を作り出し、拡大して彼女らの足元に展開した。助けられても動けないほど衰弱すいじゃくしていた彼女らの青ざめた顔色が、徐々に回復していく。


 血の気が戻ったのを確認して魔法陣を消した。


「魔王、さま?」


 驚きに目を瞠る吸血族の女性が、座ったままだが臣下の礼を取った。それは貴族が身につけるレベルの作法であり、彼女の出自がある程度わかる。子供達は純白に近いルシファーの外見と魔力に怯えているものの、助けられた状況も理解しているらしい。


「今は身分は不問だ。気にするな。貴族か?」


「……直答じきとう失礼いたします。ネイシアンス子爵の娘にございます」


 家の名を名乗って個人の名を答えないのは、貴族かどうかを尋ねたためだ。魔王ルシファーの質問をきちんと理解して返答した態度からも、間違いなく貴族令嬢だろう。


「なぜここに囚われた?」


「エルフの友人を訪ねた帰りに、血の匂いにつられて罠に……」


 血液を食料とするネイシアンス子爵の娘ならば、仕方ないだろう。人族の血の匂いは、さぞ魅力的であったはずだ。自らの短慮を恥じる女性は、鮮やかな血色の瞳と髪をしていた。


「僕はラミアの村に届け物をする途中で捕まった」


「……お母さんに売られた」


 様々な理由で集められた彼女らは、人族と明らかに違う特徴を有している。そのため、館の外に監禁されて助かったのだ。そうでなければ、アスタロトの攻撃に巻き込まれていただろう。


「ここの拠点は壊した。魔王城まで連れ帰るが、その後はそれぞれ親族に迎えに来させるがよい」


 アスタロトへ先に帰る旨を通達して、さっさと転移魔法陣を展開した。光る魔法陣が全員を範囲内に収まると、魔王城の城門まで飛んだ。

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