1221. 奇跡、そして復元

 触れた先から藻が広がっていく。大量に増えた藻を、リザードマンが急いで収穫した。出来上がった隙間にまた藻が生える。


「リリスの能力か?」


「できると思ったの」


 嬉しそうに告げる彼女に、リザードマンの戦士が礼を口にする。藻が増えれば浮島を量産できるため、女性達が島を編み始めた。手早く大量に編むので、じわじわと島が大きくなっていく。


「この勢いだと半日くらいで状況は改善するな。ならばオレは水の浄化をするか」


 流れ込んだ泥や砂が沈殿しなくては、濁りが取れない。だが元からこの地になかった土が沈めば、育ってはいけない植物が繁殖する恐れがあった。復元の魔法陣を改良して対応するか。だが以前の状態を刻み込む部分が空欄だと発動しない。対策を考えるルシファーは明らかに異物である倒木や砂を排除した。


「ルシファー、ちょっと手伝って」


 転移したルキフェルが、両手に魔法陣を展開した。両方はまったく同じに見えるが、何かが違う。首を傾げたルシファーは、除去した砂を沼地の向こうに捨てながら眺めた。


「逆回りだわ」


 リリスが気づいて指摘する。ずっと水に手をつけたままなので、しゃがんだ彼女に気づかなかったルキフェルがびくりと肩を震わせた。


「びっくりした。リリスは何してるの?」


「藻を増やしてるのよ。ロキちゃんの魔法陣、右と左が逆回りで干渉し合ってるわ」


「うん。時を進めながら戻したら復元できないかと思ってね。でも発動条件が何か足りないみたい」


 研究結果を簡素に口にしたルキフェルに、ルシファーが近づいた。じっくり眺めた後、首を傾げる。ルキフェルほどではなくとも、魔法陣の改良や開発が得意なルシファーは考え込んだ。基本の考え方も魔法陣の出来栄えも素晴らしい。だが発動しないなら……時間軸の指定がおかしいのではないか。


「時間軸が逆転するなら、同時に動いている文字が……あっ!」


 過去の経験が過ぎる。噴火した溶岩の流れを制御する際に、逆転する魔法陣を設置したことがあった。その際、文字を鏡写にしたはずだ。


「ルキフェル、鏡文字だ。試してみろ」


「え? そんな簡単なこと?」


 悩んでいた本人が拍子抜けするくらい、単純な答えだ。だが夢中になったルキフェルには見えなかった足下や背中だった。読書に夢中になりながら散策し、髪が木の枝に絡まる状況に似ていた。足を止めて本から目を離せば、木の枝に気付けるのに……本の文字を追うのに必死で気づけないのだ。ただ引っかかった事実だけが残る。外から見れば原因は一目瞭然、指摘するのは簡単だった。


 魔法陣の文字を反転し、鏡写しにして回転させる。合わせ鏡にせず、平らに回る魔法陣が輝いた。目を見開いたルキフェルが発動に必要な魔力を流すと、手の中で輝きを増す。


「出来た!!」


「おめでとう。もう使えるなら、この沼地の復元を試してくれ」


 ルキフェルへ要請したルシファーの言葉に、リリスが水から手を抜いた。繁殖した藻を一気にルシファーが風で巻き上げる。浮島は上に乗せられた藻の重さで揺れた。


 ルキフェルは沼の水を対象とするよう魔法陣に修正を加え、水の上に両方の魔法陣を浮かべる。失敗したら、ルシファーとルキフェルが復旧すればいい。魔法陣が使えるようなら、他の地域の復興も一気に加速するだろう。見守る彼らの前で、魔法陣の光が水面を埋め尽くした。


「あ、この風景は知ってるわ」


 以前にリザードマンの領地を訪れた視察で見た。リリスが手を叩く。棚田のように整えられた沼が澄んで、崩れた土手が修復された。壊れた浮島は戻らないが、沼の中に植物が芽を出す。


「これはっ!」


「我らの沼が戻ったぞ」


 感動で叫ぶリザードマンに握手を求められ、両手で掴まれてぶんぶんと振られるルキフェルが、照れた顔でぶっきらぼうに呟く。


「僕だけの成功じゃないから」


「だが魔法陣の骨格を作り上げたのは、ルキフェル大公の手柄だ。さっそく他の地域や大公に知らせよう」


 ルシファーが手放しで褒めたため、真っ赤になったルキフェルは俯く。兄に等しいルキフェルに飛び付き、リリスは興奮した様子で褒め称えた。


「すごいわ、やっぱりロキちゃんは魔法陣の天才ね」

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