974. ヤンが大蛇に食べられそう
上は薄いガラスのような素材が覆う洞窟は明るく、光が満ちていた。太陽が差し込む大地は緑が萌え、背の低い木々が育つ。一番奥に水が湧き出す穴があり、左側の茂みの向こうまで細い川が出来てた。
「すごい」
「温室と同じ原理か」
「綺麗ね」
果物がなる木が生えており、地熱があるためか暖かい。居心地の良い空間は、箱庭のようだった。右側からシューと威嚇に似た音が聞こえ、巨大な虹蛇が顔を見せる。
「これは、我が君。失礼いたしました」
侵入者への威嚇だったのだろう。純白の魔王の姿を見るなり、持ち上げた頭を低くして敬意を示す。この辺りは魔獣が頭を擦り付ける仕草に似ていた。
「ああ、突然で悪いな。本当は夏の終わりに来る予定だったんだが」
来訪を事前に告げなかったことを詫びると、ユルルングルは首を横に振った。
「何を仰いますか。陛下ならいつでも歓迎です。それに我が妻と娘を守っていただきました」
「あの時の蛇さん元気なのね」
心当たりがあるリリスがはしゃいだ声をあげた。皮を剥がれ喉を貫かれても娘を案じた母蛇と、拐われた幼い子蛇を覚えている。
「あの時は息子の守りが足りず、申し訳なかった」
ヤンが虹蛇の前に移動し、低く伏せた。詫びるフェンリルに、父蛇は穏やかに返した。
「いや。あれは不幸な事故だ。そなたの孫も拐われたと聞いた。無事であるか?」
「ピンピンして森を走り回っていた」
少し前の里帰りを思い出し、ヤンはやんちゃが過ぎる孫を笑った。互いに穏やかなやりとりだが、外から見ると意外とシュールだ。巨大な元の姿に戻れば別だが、大型犬サイズのヤンは12m級の巨大蛇に喰われる獲物に見える。
「ヤンが食べられそう」
しーっと口に指を立てて、ルシファーが嗜める。
「リリス、世の中には思っても口にしてはいけない言葉があるんだ。アスタロトを見ればわかるだろう?」
奇妙な例えに聞こえるが、リリスはうんと大きく頷いた。アスタロト相手によく失言をして、痛い目を見るルシファーを見慣れている。あの話だろう。
「ルシファー、蛇さんにお土産は?」
「うーん、果物と……チョコレートがあるぞ」
カカオ祭りの後、大量に残ったファウンテンのチョコレートを回収したことを思い出した。誰だったか、果物のチョコレートがけが美味しいと口にしていた。
「チョコレートをつけた果物なら、子供も喜んでくれるわ」
ルーサルカが収納からお茶用のテーブルを取り出し、ルーシアがお湯を沸かしてお茶の準備を始める。大公女達の一番の仕事は、外出先でのお茶の準備になりつつあった。
「一族の者を集めましょう」
洞窟は隣やその向こうにある穴とも繋がっているようで、尻尾でリズムを取るように叩く。振動や匂いに敏感な蛇らしい集合の合図だった。あちこちの茂みが揺れて、虹色の鱗を持つ白銀の蛇が集まる。
子供の蛇はまだ2〜3mと小さく、親の隙間を縫って飛び出した。母蛇に叱られたものの、子供は好奇心旺盛なのが常だ。滅多にない訪問者に興奮気味だった。
ファウンテンは収納だったか。ごそごそと探すルシファーは見つけられず、城の物置と繋いで探し始めた。その間にお茶の支度が整い、ルーシアが洗った果物が並べられる。
虹蛇の主食は果物のため、珍しい南国の果物に目を輝かせていた。甘い香りがするパイナップルの上部をルーサルカが、ざっくり切る。口を開けた大きな蛇の舌の上に置いた。皮を剥こうかと提案したのだが、平気だと言われたのだ。
咀嚼をあまりしない丸呑みを見て、ルーサルカは2つ目を半分にカットした。それにより口の中で果汁を感じられる。嬉しそうに平らげる虹蛇の様子に頬を緩め、リリスが少し離れた場所にいる虹蛇達に果物を運んだ。
「はいどうぞ」
口を開ける蛇達に次々と果物をあげて、嬉しそうに笑う。そんなリリスに釣られて、蛇達は徐々に距離を詰めた。
「あったぞ!!」
ようやくカカオ祭りで使ったファウンテンを見つけた。いわゆる噴水状態で上からチョコレートを流す器だ。虹蛇は魔王城のイベントに参加できないことが多く、カカオ祭りも話で聞いただけだろう。折角来たのだ。楽しんでもらおう。ルシファーの提案に反対する者はいなかった。
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