1217. 立派な名称の後ろの本音

 魔王と魔王妃による避難した民との交流会――直接的に表現するとそうなるが、一応アスタロトなりに大仰な名称を付けておいた。第8549回豪雨災害における被害状況や復興に関する聴取のための会議(魔王陛下並びに魔王妃殿下ご臨席の昼食付き)である。


 長ったらしい名前の後ろに注釈が付くのは、ここが本音の部分だからだ。民に分かりやすく伝えるため、建前と本音を同居させた名称だった。彼らもいい加減慣れているので、本音部分だけを上手に汲み取って動いてくれる。


 要は「民とお茶でも飲んで気持ちを和らげ、労り、優しい君主を演出するついでに事情や不満を聞き出してきてください」というアスタロトの気遣いだった。


 アスタロトやベールは民との距離がある。怖がられることも仕事のうちなのだ。一種の抑止力となる目的があった。ベルゼビュートは民との距離が近いし、ルキフェルは幼児姿の頃から人気が高かった。4人いる大公を2つの印象に分けて操作することで、政をスムーズに進めている。この作戦はベール発案だった。

 ルシファーは親しみやすい王の印象を植え付けるため、ある程度自由に行動させる。自分から民に近づいていく魔王の人気は留まるところを知らない。おかげでルシファーが足を運び話を聞くだけで、各種族の不満が半減するのは確実だった。


「ルシファー様は種族関係なく人気がありますから、現状への不満や今後への不安を聞き出してくれると助かります。もちろん事務は私の方で片付けておきましょう」


 アスタロトの穏やかな口調での提案は、ルシファーの気持ちを解した。民に人気があると言われて嬉しいし、様々な種族と話すのも苦にならない。リリスも目を輝かせて喜んでいるので、問題はなさそうだ。


「わかった。任せてくれ」


「報告書はこちらの形式で、この空白を埋める形で質問をお願いしますね」


 今後の要望から現状の困りごと、すぐに解決して欲しいことや隣接する種族との関係性など。10項目近い空欄がある書類は、ひな形として完璧だった。意外なことにアベルが作ったらしい。ちなみに彼は現在、研究棟に避難した子ども達と遊ぶ仕事を遂行中だ。ドラゴン種や魔獣系が多いので、運動量が多くて大変だろう。


「よくできている」


 一番下にその他の項目があり、書ききれない聞き取り結果を書く欄まで用意されていた。日本人なら珍しくないアンケート形式の用紙だが、目新しさに感心する。


「ダークプレイスの被害状況の報告が入っていますが、ほとんどは無事ですね。町外れのいくつかの家が、竜巻の被害に遭い屋根が破損した程度です」


 すでにドワーフが修理に向かっている。こういった被害の復旧費用は、国庫から賄うのが通例だった。今回は被害規模が大きく、広範囲にわたっている。かかる費用も莫大だろう。


「費用は足りるか?」


「問題ありません。ルシファー様と大公4人の給与を100年ほど返上する形を取ります」


「わかった。大公の署名が集まったらオレが署名捺印するから届けてくれ」


 100年分とは、また随分大きく被害額を見積もったな。それだけ民が苦労するが、各種族とも得意な分野を生かして取り戻してもらうしかあるまい。建物を直すだけではなく、衣服や本、食料に至るまですべての種族がもつ能力を傾けてもらう必要があった。その呼びかけもかねて皆の間を回るのだ。


 ドワーフは建築関係に優れた能力を発揮するが、彼らだけに収入が偏ることはなかった。飲み食いが激しいドワーフに気分良く仕事をさせるため、ラミアは酒を造り、魔獣は獲物を捕らえて貢献する。鍛冶は自分達でこなしても、衣服はアラクネなどの手を借りる必要があった。


 どの種族も自らの能力を生かして金を稼ぎ、自らの力で復興していく。その金を工面するのが魔王城の役目だった。災害や問題が起きたとき、解決に動く魔王城の人々が惜しみなく金を使って経済を回し助けてくれる。それを知るから、納税を誤魔化したり支払わない種族がない好循環だった。


「では行って来る」


「お待ちください」


 すぐに仕事にかかろうとしたルシファーではなく、腕を組んだリリスを見ながらアスタロトは制止の声をかけた。

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