89章 災害復興は最優先です

1216. 優先順位の問題ですよ

「というわけだ。意見を述べてくれ」


 災害対策と復興に忙しい中、突然の緊急招集だった。魔王から大公及び大公女全員を呼び出すとなれば、差し迫った事態だろうと駆け付けた面々は肩を落とす。


「陛下、あたくし忙しいのよ」


 魔の森の木々を借りてもいい話は役立つが、そのくらい伝達で構わない。現場を出て聞きに来るなんて損したわ。そう呟いてピンクの巻き毛をくるりと指で回した。その向かいでルキフェルが唸る。復興に使用する予定の復元魔法陣を弄っていたため、頭の中はまだ魔法陣でいっぱいだった。改良点を思い浮かべながら、話を右から左へ聞き流す。


「私が話を聞きますので、他の大公は現場に戻しますよ」


 なぜかアスタロトに窘めるように叱られた。納得できない。重要な話だろう! ムッとした顔で抗議するルシファーだが、アスタロトに言い包められた。


「いいですか? 緊急会議招集は、緊急時に行うものです。この話は数年後の騒動を予想しての話ですから、緊急に該当しません。現場は今も混乱しています。目先の災害復旧と、数年後に生まれるか未定の赤子……どちらが優先か、順位付けしなくても分かりますね?」


 どちらが重要か、ならば反論は可能だ。しかし優先順位となれば、災害復旧だろう。ベールも手元の報告書から目を上げない。それが答えだった。


 おろおろするルーサルカはともかく、ルーシアは手に衣服を抱えていた。どこかへ運ぶ途中だったらしい。レライエは婚約者の翡翠竜を入れたバッグの隙間に薬を詰め込み、シトリーも大量の絵本を入れた袋を担いでいた。


「わかった。後でいい」


 すっかり拗ねたルシファーが背を向け、ソファの向こうへ移動して部屋の隅に蹲った。困った顔の大公女に、アスタロトは仕事に戻っていいと伝える。このままいても役に立たないと判断し、彼女らは一礼して出て行った。退屈する子ども達に絵本を届け、一部の魔獣に薬を塗り、着の身着のままで逃げてきた種族に服を届けなくてはならないのだ。


 彼女らの足音が聞こえなくなったところで、ベルゼビュートが窓から飛びだした。


「陛下、現場に戻りますわ。アスタロト、何かあれば連絡して」


 言い置くと無情にも転移で消えてしまう。このまま残ると厄介に巻き込まれる、本能が察知した危険信号を彼女は信じた。絶対に残ってはいけない、そう告げる己の勘を頼りに辺境へ飛ぶ。それは数万年に及ぶ付き合いで彼女が得た能力かも知れない。


「軍の指揮に出ます、連絡はいつも通りにお願いします」


 ベールも出ていく。残されたのは、拗ねたルシファーと隣できょとんとしているリリス。呆れ顔のアスタロト……魔法陣に夢中のルキフェルだった。手元の魔法陣をくるくると改変しながらコピーしていき、いくつかを試しに発動してみる。


「ルシファー、これが発動しないんだけど」


「……左から3つ目の文字が間違っている」


「あ、ほんとだ。助かった! これで使えるね」


 ちらっと見て違和感に気づいたルシファーが指摘すると、ルキフェルはさっさと手直しして喜びの声を上げた。それから集まった人が半数以下になった部屋を見回し、首をかしげる。


「話し合いは終わった?」


「ええ、緊急招集する議題がありませんからね」


 嫌味でもなくさらりと言われ、ルシファーはまた壁に向かって拗ね始めた。本人にとっては一大事だろうが、現場から指揮官を全員引き上げるほどの事態かと問われたら否定する。自分でもわかっているから、食って掛からず拗ねているのでしょうが……大きく溜め息を吐き出すアスタロトの仕草に、ルシファーの肩がびくりと揺れた。


 悪いことをしたと自覚はあるようです。これで自覚がないような愚鈍ならとっくに見限っていますが……。


「ルシファー様とリリス様にお願いがございます」


 下手したてに出た部下に、上目遣いで振り返る。純白の髪が絨毯を擦っているが、本人はお構いなしだった。膝を突いて魔王の髪を絨毯から掬いながら、アスタロトはひとつ提案をした。

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