1215. 肝心な相談をし忘れた
魔の森が休眠状態になることで起きる弊害は何か。問うたルシファーへ、魔の森は考えながら答えた。何も――そう、問題は何もない。魔の森の木々は今まで通り、倒されれば周囲の魔力を回収して成長するし、遠慮なく余った魔力で領地を広げるだけ。違いがあるとすれば、新しい種族が増えないことだった。
「新しい種族はどうやって作られるのだろうか」
『欲しいと願えば、生まれる』
魔の森は抽象的な表現をした。逆に言えば言葉で説明できる方法や形式をとっていないのだろう。想像がそのまま魔法になる日本人のように、イメージした種族が生まれ出るらしい。一度滅びた種族が突然復活するのも、彼女の気まぐれや思いだして生み出した結果のようだ。
『リリスと馴染むの、2万年くらいかかる。その間は眠る』
「ゆっくり休んでくれ」
数万年単位での眠りと覚醒を繰り返す魔の森の習性を聞き、本来なら今は眠りの中にいる筈だと知る。人族に搾取され続けた魔力の不足が、彼女の危機感を煽った。眠って意識が途絶えた間に、これ以上魔力を取られたら消滅してしまう。その恐怖から、避難場所になるリリスの作成にかかった。
『途中から、リリスの自我が出てきた』
ルシファーが育てた環境なのか。生き物として生み出した所為かは不明だが、リリスは自立した意思や自我が存在した。乗っ取ることはしないと約束して、魔の森はぼんやりした白い霧に戻る。ふわふわと周囲を漂うものの、気味の悪さはなかった。
「リリスと同化せず、自分を別に作ったらいいと思うぞ。魔の森本人だと知ったら、皆が喜ぶ」
崇め奉る可能性もあるが、実害はないだろう。危害を加えるような愚か者はでない。どんなに捻くれた魔族でも、魔の森が自分達を生んだ存在という認識は持っていた。だから森に火を放つような馬鹿は……滅ぼした人族くらいか。
いくつかの個体が逃げたらしいが、ルキフェルお手製の魔法陣片手に魔王軍が探しているので、近いうちにすべて捕獲し終わる。普段から巡回する森に詳しい魔王軍の面々は、大きくなった森の向こうまで巡回路を広げていた。報告書通りなら、海の中くらいしか逃げ場は見当たらない。
『迷惑、じゃない?』
不安そうに尋ねる白い人影に手を伸ばし、撫でるように動かした。ルシファーの手にすり寄る人影に、微笑んで言い聞かせる。
「魔の森であるあなたを害する魔族はいない。オレもリリスも歓迎するし、折角だから自分で作った世界を味わってみたらどうかな」
3人でお茶をしたら楽しいと思うぞ。付け加えた条件に、魔の森はもぞもぞと蹲った。それからくるりと回転して踊るように移動する。
「通訳してくれ、リリス」
「お母さん、嬉しいのよ。ルシファーにお茶に誘われたからね。そういえば……お母さんの名前がないわ」
困ったと呟くリリスを手招きし、膝の間に座らせる。幼子だった頃のように座った彼女がぽんと手を叩いた。
「ねえ! ルシファー。お母さんも私みたいに生まれ直したらいいわ!! そうよ、私がお母さんを産めばルシファーの子どもでしょ?」
理解できない言葉をかみ砕いていく。生まれ直すのは問題ないが、リリスが魔の森を産む? オレの子として、母が生まれる……順番がおかしい。いや、循環してないか? やっぱり倫理的に問題がある気がするんだが。こういう場面で頼りになる側近達を思い浮かべ、ルシファーは曖昧に微笑んだ。
「わかった。その話は大公を全員呼んで話し合ってからにしよう」
「いいわ。絶対に素晴らしい提案だもの」
自信満々のリリスに絡みつく人影は、ゆらゆらと揺れながら景色に溶けていった。リリスが立ち上がり、ルシファーに手を差し伸べる。
「戻りましょう、お母さんも帰ったし」
「リリス。魔の森は帰ったのか?」
「ええ」
頷くリリスにルシファーは頭を抱えた。肝心の用事が何も済んでいない。
「魔の森の木々を復興に使う相談をし忘れた」
「お母さんがダメと言わなかったら平気。だってルシファー達のこと、いつも見てるから話の内容は知ってるわ」
いつも見られてる? 娘リリスを預かっている立場で、あれこれ暴走しかけたのも見られた?! 焦るルシファーは、今後の言動に注意を払おうと決意する。もちろん、すぐに日常に戻ってしまうのだけれど……決意だけは立派だった。
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