1218. 常識と非常識が裏返しでした

 目を見開いたリリスがこてりと首を傾げ、ルシファーもそれに倣うように首を傾けた。向かいで並んで首を傾げる魔王と数年後の魔王妃(ほぼ確定)を見ながら、アスタロトは噴き出しそうになる。なぜ同時に首を同じ方へ傾けるのか。一緒に暮らすと生活パターンや癖が似ると聞きますが、本当ですね。


 大笑いしないように自分を戒めたアスタロトがひとつ息を吐いた。


「リリス様、地味なワンピースに着替えることをお勧めします」


 魔王と大公は仕事着と言い換えられる暗色のローブを羽織っている。その下に着るシャツなどは自由だが、基本的には地味な色合いが多かった。派手な色を好むのはベルゼビュートくらいだ。似合うことや情け深い彼女の性格が幸いして、悪く言われたことはなかった。


 災害などで財産や家を失った者にとって、豪華な衣装で上から声を掛けられるのは腹立たしい。目線を合わせて言葉を交わすには、それなりに気遣いが必要だった。


「助かる、見落とした」


 ルシファーはすぐに気付いた。リリスはまだ理解していないが、そこはルシファーがかみ砕いて説明する。最後まで聞いても傾げた首が戻らないので、たとえ話を出した。


「リリスがお気に入りの人形が泥だらけになって悲しい時、誰かが綺麗な人形を自慢してきたら腹が立つだろう?」


「そうね」


「わざと汚す必要はないが、一般的に好まれやすい恰好をする必要がある」


「ルシファーに任せるわ」


 よく理解できてないけど、ルシファーが言うなら正しいと思う。リリスは素直にそう口にした。この反応は通常の魔族なら非常識な発言だが、魔の森と同じ概念から生まれた存在と考えれば違和感は少ない。個体としての意識が薄いのだろう。誰かと自分を比べる意識も低い。


 いままでの非常識に見える我が侭な振る舞いの根底が見えたので、ルシファーは彼女に繰り返し教えることを決めた。自分自身もそうだが、反復することで無意識に反応するレベルまで訓練するしかない。笑いかけられた子どもが親に笑い返すのと同じだった。


 数千年もすれば、考えるまでもなく反射的に覚えた言動が基準になる。今のリリスに急に変われと言っても無理だし、十数年でルシファー達と同じレベルの対応を求めるのは気の毒だった。


「淡い緑色のワンピースが似合いそうだ」


 着替えに向かう彼女を見送り、興味深そうに眺めていたアスタロトに説明する。今までのリリスの言動の根拠は、魔の森という全体生物の習性だ。個体として独立したことがない種族が切り離されたのだから、彼女にとって世界の方が非常識だらけだった。


「なるほど。そう言われてみれば、あの方は理解せずに言われたまま行動することが多かったですね」


 だから臨機応変な対応が出来ない。言われた内容を吟味して場に合うか考えることもしない。それが魔族の目には我が侭で非常識な言動に映るが、彼女には意味が分からなかった。納得しながら、魔の森とルシファーの会話の一部を共有する。


「フォローはしますので、リリス様の教育はお任せしますね」


 一般常識が違うリリスに、表面的な教育を施しても足りない。もっと根底部分の考え方や理屈、ルールを教え込む必要があった。ルシファーは重々しく頷く。彼女を妻にする決断は揺るがず、ならば恥をかかずに済む魔王妃に育てる。時間はいくらでもあるのだから。


「ルシファー、これでいい?」


 淡い緑のワンピースはひざ下丈で動きやすく、だが品がある。選んだワンピースを褒めてやり、リリスの黒髪にキスをした。


 褒美と誉め言葉をセットにし、彼女が率先して行動するように仕向けるつもりらしい。上手に導くことが出来そうですね。問題行動を起こす彼女の考え方が理解できたのも、プラスに働きました。情報を他の大公や大公女と共有しておきましょう。アスタロトは満足そうに執務室を後にした。

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