96章 迷探偵は魔王城に住んでいる

1301. 脅迫状が届いた

 ――結婚式を取りやめろ。さもなくば、血の雨が降るであろう。


「脅迫状だね」


「間違いありません」


 ルキフェルが呟き、ベールが頷く。その後ろでリリスは爪を研いでもらいながら首を傾げた。ルシファーは、注意深くリリスの爪を削る。風魔法と水魔法を上手に併用し、長過ぎる爪の先を切り落として水やすりで滑らかにする作業だ。一つ前違えば指が吹き飛ぶので、集中していた。


「聞いてますか? 陛下」


 ベールに強く注意され、魔法を一時的に中断する。明らかに聞いてなかった顔で曖昧に頷いた。


「リリス様への脅迫文だというのに、なぜそんなに平然と……?」


「え? この脅迫文、オレ宛じゃないのか」


「はっ?」


 文句を連ねるベールは、思わぬ発言をした魔王に言葉を詰まらせた。自分宛の脅迫だと思い込んで放置したルシファーは顔色を変え、宛先を確認したルキフェルが眉を寄せる。


 間違いなく、リリス宛だ。未来の魔王妃への脅迫状も問題だが、もし魔王宛に来ていたらそれも問題だろう。ルシファーにとって殺害予告は大した問題ではない。一時期は人族が勇者を名乗って魔王城を目指し、好き勝手に蹴散らしてきた。その意味で脅迫状が一通や二通届いても気にしない。


「リリス宛だとしたら、犯人を探らねばなるまい」


 魔王らしく躾けられた口調で重々しく語るも、その手はまたリリスの爪を研いでいた。威厳は欠片も感じられない。


「陛下宛でも事件ですが、リリス様は普段表に出ておられません。なぜリリス様に殺意が向けられたのか、確認する必要があります」


 無言でお茶を用意したアスタロトが「ちょっと失礼」と脅迫状を手に取り、じっくり確認してから呟いた。


「これは……殺害予告ではなく、結婚式の中止を求めていますね。宛先も魔王城の女主人とあり、リリス様を名指ししていません」


 推理を展開するアスタロトへ視線が集まる。緊張が高まったところで、ぼりぼりと菓子を噛み砕く音がした。焼き菓子を頬張ったルキフェルが「ほへむ(ごめん)」と謝る。思ったより香ばしく焼けており、サクッとした食感ではなかった。


「焼きすぎちゃったの、ごめんなさい」


 リリスは温度調整に失敗したと笑う。今日はレライエと焼いてきたので、彼女の火属性が関係したのだろうか。


「うまいぞ」


「そう? よかった」


 ルシファーとリリスの会話に、緊張感は霧散してしまった。溜め息をついたアスタロトは肩を竦める。


「これは魔王城の近状に詳しい人物が出した文ではありませんね。リリス様の名を知らない、そう考えると逆に相手が絞れるかも知れません。こういうのはベルゼビュートが得意なのですが」


 現在休暇中の同僚の名を出す。何しろ新婚なので、呼び出しても拒否するだろう。8万年に一度の結婚休暇を邪魔するのも気が引ける。


「よし、ここにいるメンバーで探るとしよう」


 ルシファーが楽しそうに提案した。宝探しのような軽い口調に、ルキフェルが賛同する。


「はいはい! 僕、こういうの好き」


 謎解きはルキフェルの得意分野だ。リリスも思わぬ方向から興味を持った。取り出した小説の表紙をルシファーに見せながら、微笑む。


「トリイ先生の新しい作品、恋愛だけど推理もあるの。私も主人公みたいに華麗に謎を解いてみたいわ」


 反対する余地なく決まっていく。ベールはルキフェルがいいなら問題ないし、アスタロトは売られた喧嘩を放置できないタイプだった。


「では手分けして証拠集めをしましょうか」


 ここで大きな問題が発生する。証拠品を誰が所有するかで一悶着、さらに脅迫状が届けられた方法を探る役の取り合い。あまりにまとまりがないため、一喝したアスタロトにより役目を割り振られた。それぞれに不満はあれど、まずは謎解き。しっかりお茶とおやつを堪能してから、解散となった。

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