599. 呪いの王冠事件勃発

「こちらの装飾品は箱にしまって」


「裾の長さはどうします?」


「新しい飾りを用意したので、ここから選んで使ってください」


 スプリガンやアラクネが慌ただしく準備を整える室内は、衣装合わせの真っ最中だった。リリスは黒髪を結い上げてドレスを纏う。仮縫い段階なので、あまり動けない。


 すぐ近くで同様に動けなくなったルシファーが、収納から取り出した髪飾りを手に持つ。慣れた手つきで正装用の緩くまとめた髪を整えるアスタロトが、受け取った髪飾りを乗せた。


「この呪いは外した方が……」


 王冠を嫌うルシファーの意向で1万年に1つずつ追加した髪飾りは、貴重な宝石がふんだんに使われた高価な品だ。少なくとも10年前の即位記念祭の前まで、ただの宝飾品だった。欲しがるリリスを宥めようと彼女に貸したことが原因で、嘆き怒ったベールによって「乗せたら即死」レベルの強力な呪いがかけられた。対象者を絞らなかったため、誰かが奪ったり飾ったりすると死にかける。


 かろうじて呪いを無効化したのは、ルシファーくらいだ。ただ手に取るだけならば呪いは発動しないが、飾るとルシファーの魔力と反発した。呪いの作用でほんのり輝くので、「豪華さが増して結構」とベールやアスタロトは嬉しそうだ。


「魔王陛下の頭上から奪うような輩がいれば、即死してもらって結構です」


「まあ、そうなんだけど」


 権威の象徴と考える側近と違い、ルシファーにとって髪飾りは「重くて面倒くさい」だけ。頭の上に乗せた髪飾りに、リリスが目を止めた。大きな宝石がゴロゴロ飾られた、国家予算をつぎ込んだお飾りは見覚えがある。


「それ……前につけてもらったわ」


「残念だけど、呪いがあるからもう貸せない」


 苦笑いしながら、ブリーシングの首飾りを取り出した。こちらは問題ない。死蔵品として保管してきたが、いつか魔王妃が決まったら渡す予定だった。多少曰く付きだが、リリスならば大丈夫だろう。


「これに合わせて、胸元のレースを調整してくれ」


「あら素敵! 畏まりました」


 アラクネが器用に蜘蛛の足に引っ掛け、ネックレスをリリスの首にかける。横からアデーレが手を貸して仮止めし、スプリガンが長さを調整した。胸元のレースに首飾りの一部がかかるため、ドレスのデザインを少し変更する。


 仕上げられていくリリスと微笑み合い、一足先にルシファーは調整を終えた。サイズがほとんど変わらないため、ルシファーの衣装は仮縫いが楽なのだ。その点は女性の方が体型の変化が多いし、そもそも12歳で作ったドレスの数が少ないリリスは完全オーダーメイドだった。


「あと少し、腰の部分を詰めましょう。変な皺がでるわ」


 巨大な女郎蜘蛛に囲まれる黒髪の少女は、くるりと回ってみせる。ドレスの裾がふわりと風を孕んで広がる。しかし気に入らないのか、何か指示し始めた。聞いていたアラクネの表情が明るくなり、ぽんと前の手を叩いて喜んでいた。


 楽しそうに笑い合って決めていく。少し離れた椅子に腰掛け、ルシファーは仮縫いの衣装を指を鳴らして一瞬で着替えた。王冠代わりの髪飾りを外して、隣の小テーブルに置く。


「そろそろリリスも一段落するだろうから、お茶の用意を頼む」


 アデーレが一礼して下り、すぐにカートを押して戻ってきた。ルシファーの横にある小テーブルにクロスを掛けようとして、手を止めた。


「陛下、髪飾りを避けていただけますか?」


「ああ、悪い」


 呪われているので触らないよう、この部屋にいる者に言い聞かせてあった。アデーレの当然の申し出に、リリスを見ながらひとつずつ収納していく。


 一つ、二つ、三つ、四つ、五つ……六つ。


「ん?」


 テーブルの上にはもう残っていない。ぺたぺたとテーブルを確認し、足元に落ちていないか眺める。後ろを振り返るが、アスタロトも持っていない。頭の上を撫でてもう付いていないのを再確認して、側近に尋ねた。


「なあ……呪いの王冠が一つ足りないんだが、どこかで見なかったか?」

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