600. 振り返れば鬼がいた

「陛下、その呼び方はちょっと……」


 呪いの王冠は外聞がよくない。人前なので敬称で呼ぶアスタロトが、渋い顔で注意する。だが事態が深刻なのは、2人とも理解していた。


「収納の中に入れたのでは?」


 リリスを見ながら数えていたので、重ねて仕舞ったのではないか。もっともな指摘に、慌ててテーブルに並べる。収納空間から王冠をすべて取り出すが、髪飾りは6つだった。


「もうないぞ」


 この場面でタチの悪い冗談を言う人ではない。ましてや他人が手にしていれば、即死の可能性があるのだ。所有者であるルシファーが騙したり誤魔化す必要もなかった。青ざめたルシファーとアスタロトが顔を見合わせる。


 紛失なんて恐ろしい。幻獣霊王ベールの即死の呪いの効果を思い、血の気がひいていく。犯人が誰であれ自業自得だが、もし間違えて職人が運び出したとしたら……いつ呪いが発動するか。


「べ、ベールだ! すぐ呼んで……呪いを解かせないと」


「ですが、盗んだ者に逃げられます」


「死んだら困るだろ」


「いっそ、犯人は死すべきです」


「職人が間違えて持ち出したとしたら、被害者だぞ!」


 ルシファーとアスタロトの言い合いに、ドレスの調整が終わったリリスが近づいた。まだ仮縫いのドレス姿だが、腰に手を当てて呆れ顔だ。


「もう! 2人とも落ち着いて。最後に全部見たのはいつ?」


「……外した時、か」


 外し忘れないよう、一つずつ外した。つける時はアスタロトも数えたが、外す時はルシファーが自分の手で行った。テーブルの上に並べてリリスの様子を見ながら、アデーレに声を掛けられて仕舞う。その間に消えたとしか考えられなかった。


 つまり外してから、お茶を頼まれたアデーレが声を掛けるまで。時間はさほど長くない。数分の出来事だった。


「おかしいですね。そろそろ呪いで死体が出るはずです。誰も騒がないなど」


 どこか人目につかない部屋で死んでいるのでしょうか。


 眉をひそめて物騒な言葉を呟くアスタロトが首をかしげた。考え込むリリスは、部屋を出入りした者を思い浮かべる。ルシファーが座ってから、この部屋を出たのは……おそらく1人だけ。お茶を用意しに席を外して戻ったアデーレだ。しかし彼女は目の前で無事なのだから、犯人ではなかった。


「まあいいか」


「よくありません!!」


 6つもあるから、1つくらい無くても。軽いノリで流そうとしたルシファーへ、アスタロトが恐ろしい予想を口にした。


「リリス姫に貸しただけで呪いを掛けたのですよ? 失くしたなんて知られたら、二度と頭から外れないよう埋め込まれます」


「そんなこと……あるかもしれない」


 無いと断言できない。唸るルシファーに、リリスが紙一重の提案をした。


「ねえ、呪いは発動しないと追えないのかしら。もしベルちゃんが追えるなら、呪いの先を辿ってもらえば見つかるわ」


 騒動を見守っていたアラクネやスプリガンから、さすがと褒め言葉が飛んでくる。確かに呪いの主なら辿れるだろうが、その手段を使うには最大の難関が待ち受けていた。


「リリス、誰がベールにその話をするか――間違いなく消されるぞ」


 ベールは恐ろしいからな。そうぼやいたルシファーは、妙に静まり返った部屋の様子に首をかしげた。リリスは目を逸らし、アスタロトは数歩離れる。職人達はみな、窓際へ身を寄せて顔を伏せた。


 嫌な予感がする。


 恐る恐る振り返った先に、奴はいた。立派な角を生やした銀髪の美丈夫の口元が笑みを形作る。


「ええ、消して差し上げますとも。王冠は大切にするようお話するのは、何度目ですか? 陛下」

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