601. 呪いはバージョンUP予定

 びくりと肩を震わせるが、ルシファーがぎりぎりで持ちこたえた。愛しいリリスの前で、危うく悲鳴を上げるところだったぞ。恐ろしすぎる状況に、冷や汗を拭う。この状況自体が呪いだと言われたら、納得しそうだった。とにかく怖いの一言に尽きる。


「……た、大切にしているぞ」


とおっしゃったのに?」


 どこから聞いていた!? 幻獣ってそんなに耳のいい種族だったか? 必死で言い訳を巡らせる。何かいい抜け道はないか……。焦るルシファーが選んだのは、低空飛行で逃げる方法だった。


「あれはの意味だ」


 本当は「返ってこなくてもいいじゃないか」だが、ここは上手に切り抜ける。前のアスタロトのセリフが死体が出ないことへの言及なので、それに同意した形を取り繕った。


 バレているが、筋が通っていれば許してくれる……はず。過去数万年の経験から、ルシファーが学んだのは『なんだかんだ、皆がオレに甘い』という一点だった。失敗したりサボろうとすると叱られるが、見捨てられたことはない。ましてや謝罪の意思を見せれば、彼らは簡単に折れてくれた。


「……その手が通用するとでも?」


「通用するだろう? ベール」


 ようやく落ち着いてきて切り返したルシファーに、諦めたベールが折れる。やっぱり優しいと頬を緩めた魔王へ、側近は淡々と言い聞かせた。


「即位記念祭まで、絶対に外れないように固定しましょう」


「え、やだ」


「王冠は王の頭上に輝くものですから、ぴったりですね」


 抗議の否定は無視された。人族の王族は人前では必ずかぶる気もするが、魔王は純白の外見で区別がつくため、王冠は必需品とされなかった。しかし慣例を打ち破る気満々のベールの手で、6つを頭の上に飾られる。


「ルキフェル」


 声に魔力を乗せて呼べば、召喚の意図に気づいた青年が近づいてくる。魔力の量と質で見分けた大公が、扉をノックせずに開いた。ぺたぺたとサンダルで歩いてくる水色の髪の青年は、あふっと欠伸をして眠そうに目元を擦る。部屋で寝ようとしていたのか。


「休んでいるところを邪魔しましたか?」


 申し訳ないと匂わせるベールに、さきほどルシファーに詰め寄った冷たい空気はない。逆に穏やかな雰囲気を漂わせた。今のうちだと頭の髪飾りに手を伸ばすが、ベールにぱちんと手の甲を叩かれる。


「大人しくしててください」


「はい」


 反射的にいい子の返事をしてしまい、ルシファーが項垂れる。こればかりは癖なのでしょうがない。髪飾り同士は引っかけて連結できるため、幸か不幸か落ちてこなかった。


「これを即位記念祭まで固定する魔法陣は作れますか? 固定期間はいくら長くても」


「いや、記念祭までだ」


 それ以上の譲歩はせんぞ。きりっと言い返したルシファーだが、周囲の気持ちは同じだった。今さら取り繕っても、ベールに言い負かされて固定される姿は情けない。カッコ悪いとまで言わないが。


「ねえ、消えた1つを先に探したらどうかしら」


 じっと見守っていたリリスが、タイミングを見計らって口を挟む。嬉しそうに顔を綻ばせたルシファーが同意した。


「そうだな。先に探そう」


「……わかりました」


 溜め息をついたベールが精神集中して呪われた王冠を探す間に、ルシファーが髪飾りを外して収納へ放り込む。ひとつずつ、バレないように細心の注意を払い、音を立てずに仕舞った。


 手元に小さな立方体を作り出したベールの青い瞳が伏せられ、すぐに顔を上げる。


「あちら……ですね。距離はかなり近いですよ」


「追いかけましょう!」


 アスタロトが動き出すと、ルキフェルが「え、王冠盗まれたの? 意味わからない」とぼやきながら続いた。呪われているのは有名な話で、魔王の衣装造りに関係する職人全員に周知徹底される。死ぬと分かっていて盗む者はいないだろう。命あっての物種ものだねだ。


 だが現在時点で生きているなら、盗む気はなかったのだろう。頭にも乗せていないはずだ。呪いの発動条件が「盗む」または「身につける」となっていた。つまり悪気なく荷物に紛れた状態で持ち出されると、しばらく呪いが発動しない可能性もあるのだ。


 ベール以上の魔力量を誇る魔王ルシファー以外が、彼の呪いを中和するのは不可能だった。おそらくアスタロトやベルゼビュートであっても、代わりに頭に乗せれば弊害が出る。


「次からはに変更します」


 むっとした顔で先頭を切って歩きながら、ベールは物騒な決意を新たにしていた。

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