602. 悪気はない確信犯

 は庭先で発見された。滅多に産出しない大粒で色鮮やかな宝石が、大量に使われた髪飾りは国家予算並みの高額品であり、魔族ですら1万年単位でしか新調しない。それほどの希少石の王冠が、無造作に庭先に転がっている。


 すぐ隣には横倒しの大型犬サイズの青い鳳凰――。


「ピヨ?!」


 驚いたリリスが、組んでいた腕を解いて駆け寄る。からになった腕が寂しいルシファーが、不満そうに表情を曇らせた。大人げないが、誰も指摘しないあたり……もう魔王城の日常なのだ。ささやかな嫉妬は日常のスパイス程度の感覚だった。


 当初はリリスを抱き上げるだけで驚いた魔王城の侍従達、おむつを自分で変えると言い出した魔王の姿に目を見開いた侍女達だが、それも10年単位で続けば慣れが生まれる。今では誰も驚かなくなった。


 地面に転がるピヨは横倒しだ。その近くに数本の尻尾がある子狐と虹蛇ユルルングルの子が転がっていた。よく見れば希少種の子供ばかりである。らんは数が少ない鳳凰の中でもさらに珍しいし、虹蛇は子供が生まれにくい。尻尾が割れた子狐は九尾狐だろうか。こちらも神獣系の保護種だった。


「意味が分からない」


 ルキフェルが現状を端的に呟いた。転がったピヨ達が死んでいた場合、誰が責任を取るんだろう。呪いをかけたのはベールだが、彼は幻獣霊王である。幻獣や神獣の頂点に立つベールが、庇護すべき種族の子供を死なせたなら、騒動が大きくなりそうだ。


 真剣に悩む大人をよそに、リリスやルキフェルは近づいた子供達を揺らし始めた。


「死んだフリは無駄だよ」


「そうよ、起きなさい! こら!!」


 ルキフェルの指摘に加え、乱暴に揺らすリリスが叱りつけると……最初にピヨが薄目を開いた。しかしルシファー達に気づいてまた目を閉じる。寝たフリならぬ、死んだフリだ。


「咎めぬゆえ、起きろ」


 許しを与えるルシファーの言葉に、ピヨがぱたぱた羽ばたいて飛び起きる。


「本当?!」


 本当に死んだフリだった。ピヨは元気に騒ぐが、ここは母親代わりのヤンに説教を頼むべきか。それとも番相手のアラエルに叱ってもらうのが効果的か。真剣に検討するアスタロト達をよそに、ピヨに悪びれた様子はなかった。


「何故、こうなったのですか」


 もっともな疑問を突きつけると、ピヨはけろりと白状した。


「遊んでたら、きらきらが見えてぇ。水に沈めたら虹になるって言うから、試してみたの」


 落ちた王冠を拾ったルキフェルが「あ、濡れてる」と布で包んだ。そのまま渡され、布ごと収納する。危険なものは子供やリリスの手が届かない場所に仕舞うのが正しい。万が一を考えたルシファーの行動に、誰も何も言わなかった。


 虹蛇の子が申し訳なさそうに自己申告した。


「ごめんなさい。僕が虹が見えるかも? って言いました」


「素直でよろしい」


 自分から謝罪したユルルングルの子を撫でる。リリスは大蛇サイズの蛇を撫でるルシファーの手を取り、指を絡めて繋いだ。自分以外に触れるなという嫉妬のようにも、優しいルシファーに感心したようにもみえる。


 ベールが狐の子の首を掴んで摘み上げる。逃げようとして捕まった狐は、諦め悪く足掻いた。溜め息をついたベールが僅かに雷を流すと、大人しくなった。


「経緯を確認しましょう。それと、保護者の呼び出しも必要です」


 無情なベールの声に、子供達は一斉に抗議の悲鳴を上げた。


「え! お母さん呼ぶの?!」


「咎めないって言ったじゃん!」


 様々な子供達の言い分に、幻獣霊王は冷たく切り捨てる。銀の髪がさらりと風になびいた。


「約束したのは陛下、私は別です! それに私は咎めませんよ。叱るのは親達の役目ですから」


 この日、子供達は大人の狡さをひとつ学ぶことになった。

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