603. ケンカも固定も阻止しました

 駆け付けた親や保護者にみっちり叱られる子供をよそに、ルシファーは追い詰められていた。壁際でそっぽを向くが、決して譲る気はない。


「さっさと出してください。陛下」


「やだ」


「いい加減に諦めませんか」


「無理」


 幼子の口調で拒絶するルシファーは、大切な宝物であるリリスを抱き締める。以前にリリスを人質にされて選択肢を奪われた経験から、こういった場でお姫様を離さない結論を導き出していた。リリスがもそもそと腕の中で動き、ルシファーに向き直る。


「ルシファー、ベールはしつこいわよ」


 苦笑いして頬に手を滑らせるが、髪飾りを出せとも出すなとも言わない。リリスの大人びた対応に、アスタロトが肩を竦めた。


「ルシファー様、そのままですと……リリス様の衣装が整いませんが?」


「それは困る」


 最終調整中の仮縫いドレスを纏うリリスは、温かく優しい腕の中で目を閉じてしまう。諦めたベールが「私はどうも子育てに向いてませんね」と自虐しながら、溜め息を吐きだした。


「わかりました。即位記念祭まで保管してください。姫の着替えを終わらせましょう」


 頭に王冠を乗せなくていいと妥協すれば、ルシファーは目を輝かせた。絶世の美貌の主はどうしてか、己を着飾ることを嫌う。祭りや役目で必要な場合を除けば、指輪や首飾りを含めたアクセサリーを着けなかった。


 ルシファーにしてみたら、飾らなくても魔王だと通じれば純白の髪だけでいいじゃないかと思う。ベールやアスタロト達側近に言わせるなら、魔族の王たる装いがある。どちらの主張も平行線で、祭りや謁見時は装飾品を纏うことでルシファーが妥協した。


「私、着替えてくるわね」


「一緒に行こうか?」


「平気よ、アデーレがいるもの」


 リリスとのやり取りに、アスタロトが口を挟んだ。


「女性の着替えに同席するのは、いくらあなたでも失礼です」


 しょんぼりしながらリリスを見送ったルシファーは、なんとか王冠を収納空間から出さずに乗り切った。危うく頭から外れないよう固定されるところだが、保管を条件にベールが妥協したのでもう大丈夫だろう。


 視線を向けた先で、ピヨは2匹掛かりで叱られていた。ほとほと涙を零しながら虹蛇の親が子に何が悪かったか言い聞かせ、九尾狐の親が子を噛んで躾け直す。幸いにして死者がでなかったが、今後は注意が必要だった。


 あの部屋から王冠が持ち出された経緯は、次の通りだ。


 ちょうどお茶の支度を始めるアデーレが運んだ茶菓子の匂いに釣られ、部屋までついてきたピヨと遊び友達は王冠に気づいた。机の上できらきら輝く宝飾品は、値段ではなく美しさで子供の気を引く。虹蛇の子が親に読んでもらった童話を思い出した。


 虹の根元には宝物が埋まっている――子供の頭は意味を逆転させた。虹は光と水が作るから、明るい庭の水に宝物を入れたら虹が出てくるのではないか? 柔軟で豊かな想像力で説明された虹蛇の話に、気配を消すのが得意ならんであるピヨが同意した。


 虹が見たいとピヨは無邪気にも悪びれず、王冠をひとつ咥えた。この時盗む気はなく、すぐ返すつもりだったことが命運を分ける。本人は短時間だけ感覚なので呪いが発動しなかった。


 数多く持って行かなかったのは、たくさんあるから1つならすぐバレない。そんな思惑もあった。虹が出るまで邪魔されたくない。7つがセットという考え方もなく、子供達は1つだけ持ち出した。


 待機状態の呪いがかかった髪飾りを噴水の池に入れたが、虹が出来る筈がない。一緒に遊んでいた子狐は何か方法が間違っているかも知れないと、咥えて外に出した。そこへルシファー達が駆け付けたのだ。


「……そろそろ止めた方がよくないか?」


 主君に迷惑をかけたとピヨを叱りつける母親役のヤンが、自分の子と同じように噛みついて躾を始める。フェンリルに噛まれる番を助けようとアラエルが抵抗し、気づけば鳳凰vs灰色魔狼だった。しょげたピヨは毛繕いしながら、彼らのケンカを見守る。


「ヤン、アラエル。いい加減にしなさい。……毛を、むしりますよ」


 アスタロトの低い叱責に、慌てて2匹は離れた。アスタロト大公ならば、本当に無毛にされかねない。もう言い争いしないと示す彼らに、ルシファーが笑い出した。


 魔族同士ならばこうも簡単に終わるケンカが、人族が絡むと深刻になる。勇者の問題も、魔族の希少種狩りもそう……異世界から侵略した彼らがいなければ、世界は平和だった。

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