604. 人気がありすぎても困る事態
即位記念祭は7日間ほど催される、魔族最大のイベントだ。城下町の住人はいいが、遠い地域から駆け付ける魔族にとって、重要なのはキャンプ地として割り当てられる場所だった。
食料調達が重要視される魔獣や、水辺を好む精霊の場所はほぼ変更なしで構わない。しかし貴族にとって、宛がわれた場所と魔王城の距離は重要だった。魔王城に少しでも近い場所を得ようと、彼らは嘆願書や過去の功績を連ねた書類を大量に作る。提出したところでアスタロトに避けられるのだが、毎回懲りずに同じ行為を繰り返してきた。
どっさりと積まれた書類にさっと目を通し、隣で待つ文官へ手渡す。ハルピュイアの一族である青年は、今年が初めての即位記念祭だった。大量の書類処理と事務手配にてんてこ舞いだが、その分祭りへの期待は否応なしに高まる。
「今年こそ、ランカスター家より近くに!」
「我が家の名誉にかけて、魔王様のおそばにあがるぞ」
誰もが互いの権力を図る道具として、魔王城近くの土地を望む。そのため、アスタロトは地図を前に眉をひそめた。数回前の即位記念祭で、功績のみを考慮して場所決めをしたところ、駆け落ちした娘の嫁入り先と実家が並ぶという失態が起きたのだ。おかげで祭りの間中ケンカを起こし、周囲の貴族から苦情が出た。
転移魔法陣を使える種族すら「魔王城近くに」と願い出るため、貴族年鑑を前に互いの利害関係も配慮した配置を考えるのが、一番の重労働である。
「どう? 決まりそうかな」
ルキフェルが覗き込み、仮配置図の一角を指さした。
「ここ、2年前に領地の境界線でもめた」
「助かります」
配置をずらすと、今度は別の場所に問題を発見する。その繰り返しで、まったく終わりが見えなかった。地図の上に置いた駒を確認し、溜め息を吐く。彼らの争いに、正直深い意味はないのだ。近くにいるからと満足するのは貴族側の感情だった。
魔王ルシファーにとって、貴族も平民も同じ。圧倒的強者からみた民は、ただ庇護する対象でしかない。だから近くに陣地を張ることに、何の意味も価値もなかった。
「毎回、懲りずに騒動を起こしますからね」
「うーん。ルシファーにはっきり言ってもらえば? 意味ないって」
ルキフェルの提案に、アスタロトはそれはそれは深い溜め息をついた。額を押さえて呟く。
「毎回、何度も通達を出しています。魔王ルシファーの署名入りの書類で……それでもこの騒動なのですよ」
「ああ……ルシファーは人気高いからね」
事情が理解できたルキフェルが苦笑いする。そうなのだ。近づきたいのは貴族や民の言い分であると同時に、彼らも本心では理解している筈だった。物理的な距離が近いことと、信頼を置かれる状況は別なのだと。それでも姿が垣間見えるかも知れない場所を望み、万が一にもお声が聞けるかもしれないと耳を澄ます。
「視察の回数を増やして対応してもらいましょうか」
解決案のひとつとしてアスタロトが呟いた言葉は、数年後に実現することとなるが……それはまた後日の話。
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