69章 異世界からの落とし物
932. 森の警告と寝不足の朝
森が揺れる――木々を揺らして、警告の意味を込めて。そのさえずりを聞きながら、リリスは眠る。腕に抱く少女の黒髪を撫でながら、魔王はゆっくり目を閉じた。
もぞもぞと動く何かに気づき、欠伸をひとつ。なんだか夢見が悪かった気がした。リリスが起きたのかと目を開くと……黒髪が目に飛び込む。しかしその先にリリスがいた。瞬きして見間違いを疑うが違う。
「っ! お前……?!」
ルシファーの小型版でリリスの色を纏う幼子レラジェは、きょとんとした顔で首をかしげる。手を伸ばし抱っこをせがむ姿は、赤子の頃のリリスを思い出させた。
「パパッ、だっこ」
「……状況が理解できない」
昨夜は森がうるさかった。ざわめく森の音に寝つきが悪く、リリスをなんとか寝かしつけて休んだ。その翌朝に騒がしい幼児がベッドに入り込む。つながりが読めない上、意味が分からない。眉をひそめたルシファーはひとまず抱き上げた。
ベッドの上に座ったルシファーに抱かれ、レラジェはご機嫌だ。リリスはまだ眠っているが、起きる時間まであと少し――そっと彼女の上に身体で影を落とした。カーテンを完全に開けていないため、漏れて入り込んだ朝日を避けるように寝返りを打つ。
愛らしい婚約者の寝姿に表情を緩めながら、腕の中の幼児をあやす。ここで大泣きでもされたら台無しだった。レラジェはご機嫌で、ニコニコしている。
ぐるりと周囲を見回したルシファーは、己が張った結界を確認した。隣の部屋はヤンとイポスが休んでいるはずで、交代で護衛の任についたはず……つまり侵入者がいれば彼と彼女が気づくのだ。レラジェは誰に運ばれてきたのか。
純白の髪を握って揺らすレラジェに尋ねても、まともな返答は期待できないだろう。リリスを起こす危険性も高い。今は泣かせないようあやすことに専念し、ルシファーは思い出したように欠伸を追加した。なんとなく眠くて怠さが抜けない。
「……ん、シファー?」
「おはよう、リリス」
声をかければ、同じように挨拶が返る。寝起きはすこし愚図るリリスが、もそもそと身を起こして抱っこを強請るように手を伸ばした。咄嗟にレラジェを横に下し、リリスを抱き留める。ぎゅっと引き寄せると、隣に下された幼子が泣き出した。
「うぁああああぁ! パパぁ」
パパではない。誤解を招くような単語を泣き声にまぜるレラジェに「こら」と小さく叱るが、以前に呼んだ際に咎めなかったため、レラジェは言うことを聞かない。ごねて寝転がって、じたばたと小さな手足を動かし抗議した。
「……レラジェ? どうしたの、連れてきていいの?」
視察に連れていきたいと言ったら却下されたのに、ベッドにいる幼児をリリスは不思議そうに見つめた。今頃になって誰かが連れてきたのかしら。そう呟くリリスに、どうやら彼女の仕業でもないとルシファーは内心で呟く。そうなると誰がやらかしたのか。
魔王の結界を通過してベッドの腕の中にいたのだ。この幼子が自分で転移した可能性は極めて薄い。だがルキフェルやアスタロト達が送り込む理由もなく、威厳だのと騒ぐ大公が動く可能性はゼロだった。
「陛下、失礼いたします」
幼児の泣き声に慌てたイポスが続き部屋のドアを開き、固まった。ベッドに座ったリリスは寝乱れて肩が出ているし、ルシファーに抱き締められている。その傍らで見覚えのある子供が泣きじゃくっていた。
「えっと……我が君、それは」
「わんわんっ!」
指差して叫んだレラジェに、ヤンはムッとした口調で言い返した。
「犬ではありませぬ!!」
……そのセリフ、リリスの時も言ってたな。懐かしさに自然と表情が綻んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます