60章 魔王妃殿下のお披露目

837. 嫌なことがあったの?

 呼ばれた会議の内容が深刻なものであり、緊急性のある案件だったので、つい予定時間を越えてしまった。一緒になって資料を読み漁ったのが原因だが……ルシファーは仕方なく奥の手、城内で転移魔法を使う。あとでアスタロトに叱られるとしても、今は部屋で待つリリスが最優先だった。


「リリス!」


「お話し合い、終わったの?」


 さすがに部屋の中に出現して、リリスが着替えをしていたりしたらマズいと気を使った。ドアの前に転移してからノックして、返事がある前に名を呼んで開く。アデーレがいたら「直接お部屋に転移しても同じではありませんか」と呆れただろう。


「ああ、今日の分は終わりだ。もらったお菓子は美味しかった。みんなで分けて食べたぞ。ありがとう」


 まずは会議中に食べたお菓子のお礼。それから近づいてリリスを抱き締めた。室内用のアイボリーの緩いワンピースにカーディガンを羽織ったリリスの腕が、背中に回るのを感じる。黒髪に顔を埋めたところで、横やりが入った。


「そこまでになさってくださいね」


 舌打ちしたい気分で顔を上げるルシファーの視線の先で、少女達が苦笑いする。壁際に立つイポスは珍しく髪を下ろしていた。声を上げたルーシアが優雅に一礼する。後ろのルーサルカ、シトリー、レライエも同様に跪礼を披露した。レライエの肩に乗る翡翠竜は落ちないようバランスを取りながら、器用に頭をさげる。


「リリス様、明日の朝早くに準備を手伝いにまいります。今夜はこれで失礼いたしますわ」


「おやすみなさい」


 挨拶を交わしあい、少女達が出ていく。一緒に部屋を出たイポスに、リリスが声をかけた。


「明日は婚約者と一緒に参加していいわ。護衛はアシュタやロキちゃんがいてくれるもの。楽しんでね」


 にこにこと手を振って気遣うリリスへ、感謝を述べてイポスは頷いた。以前なら固辞した彼女だが、婚約者の存在が脳裏をよぎったのだろう。頬を少し赤く染めて踵を返す。このままでは結婚できない、そう娘を案じたサタナキア公爵の嘆きが懐かしいくらいの変化だった。


「一緒にお風呂入ろうと思って待ってたのよ、ルシファー」


 この年齢になっても、リリスは今までと同じだった。幼女の頃と同じく、ルシファーとお風呂に入り同じベッドに眠る。ルシファーもリリスへの愛情が暴走することもなく、父親か兄のような接し方で過ごしていた。


「そうだな。薔薇は何色がいい?」


「そうね、赤がいいわ。今日の屋根に使った薔薇よ」


「わかった。同じ薔薇にしよう」


 エルフが持ち込んだのと同じ赤い薔薇を手元に転送し、リリスを伴ってバスルームへ向かう。先に脱いで中に入ったルシファーが、薔薇の棘をすべて消した。精霊女王であるベルゼビュートに聞いて覚えた魔法は、薔薇に作用して自ら棘を引っ込めさせるものだった。


 お風呂で毎回風を使って棘を落としていた作業が軽減され、ルシファーはこの魔法を多用する。薔薇の花弁を千切るのはリリスに任せ、湯船に花ごと浮かせた。


 髪を洗うためにシャンプーを手に取ったところへ、リリスが現れる。ご機嫌で鼻歌を歌いながら歩み寄る彼女は、タオルで身を隠す様子はない。当たり前のようにルシファーの膝の間に背を預けて座り、ルシファーも普段通りリリスの黒髪を洗った。


「何か嫌なことがあったの?」


「ん? どうしてだ」


 機嫌の悪さなど見せていない。不思議に思って尋ねると、リリスは自ら作ったお湯で髪の泡を流して振り返った。


「急に会議をしたし……私が一緒じゃダメだったんでしょう?」


 会議に呼ばれたルシファーと腕を組んで歩いた途端、アスタロトに部屋で待っているよう言われた。部屋には側近の少女達が揃っていて、アデーレがお茶の準備をしてくれる。あまりに手際が良すぎて、私がいては都合の悪い会議だったのかも? と思った。


 素直にそう告げると、苦笑いしたルシファーはスポンジを泡立てる。手際よく身体を洗うルシファーからスポンジを受け取り、今度はリリスが背中を洗う。その間に自分の髪を洗い終えたルシファーと湯船に浸かったところで、ようやくルシファーが口を開いた。

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