202. 食事が終わってもお昼寝は遠いようです

「失礼します、ルシファー様」


 アスタロトが顔を見せると、ほとんど食事を終えたところだった。机の上やアデーレの様子を見る限り、狐少女がいきなり手づかみで食べるような状況は免れたらしい。


「こちらの少女…」


「ルーサルカと名乗った」


 まだ名を知らなかったアスタロトへ告げた口へ、リリスがスプーンを差し出す。彼女が大好きな赤いゼリーを、ぱくりと食べさせてもらう。満足そうなルシファーの姿に、アスタロトは頭を抱えた。十分すぎるほどの説教案件である。


 ルシファーがリリスに甘いのは、国内外誰もが知っている事実だろう。だが幼女に「あーん」をされている話は『魔族の最高機密』レベルの情報だ。魔王の座に就いて7万年強――世界を支配してきた最強の純白魔王の威厳も銘も、ずたぼろにする事態だった。


「ルーサルカですね。彼女については侍女に世話を任せましょう。の招集がかかりましたので、陛下もご臨席ください」


 入室した際はプライベートだったが、突然仕事モードに切り替わったアスタロトの態度に首をかしげる。しかしリリスが「あーん」とスプーンを出すと、再び口を開いて受け止めた。


 日常的すぎて、他者の存在を無視して馴染んでいますね。アスタロトのため息は深い。どれだけ周囲が威厳を高めようと動いても、当の本人がこれでは隠しきれない。


「え……この後はリリスとお昼寝だったのに」


 勝手に作った予定と公的な緊急会議を同列に語る魔王へ、アスタロトがにっこり笑った。びくりと肩を震わせたルシファーは慌てて取り繕う。


「わかった。緊急会議だな? 出席しよう」


「パパ、リリスとの約束は?」


 残りを自分の口に運んでいたリリスが唇を尖らせた。アスタロトの黒い笑みと、ちょっと拗ねた愛娘の唇を交互に見て、ルシファーは妥協案を選ぶ。


「一緒に会議にいって、その後でお昼寝なら約束守れるぞ」


「絶対よ」


 昔のように指切りを求めるリリスに応じながら、ルシファーは食事を終えたテーブルから立った。緊急会議の招集なら、もうメンバーは集まっているだろう。おそらく4人の大公だけだと思うが、アスタロトが迎えに来たなら、他の3人は謁見の間にいるはずだ。


「おいで、リリス」


 両手を万歳の形にして抱っこ待ちのリリスを抱え、侍女のアデーレに声をかける。するりとリリスの腕が首に絡みついた。


「ヤンとピヨを部屋で待たせてくれ。あと、ルーサルカの世話係を決めて預けてくれないか」


「かしこまりました」


 手を振る無邪気なリリスに、アデーレが手を振り返す。こちらにも手を振るので、ルーサルカも同様に手を振り返した。アスタロトを従えて魔王が退室すると、ルーサルカは詰めていた息を吐いた。


「ルーサルカちゃん、そんなに緊張しなくても平気よ。陛下は気さくな方ですもの」


 敬称付けを嫌うルーサルカに微笑んだアデーレは、机の上を簡単に片付けてから少女の手を取った。我が子にするように手を繋ぎ、廊下に出る。立派な装飾品が並ぶ廊下を歩きながら、簡単に今後の説明を始めた。


「アスタロト大公閣下は侍女に預けると仰られたけれど、私の管轄でいいと思うの。リリス様のお気に入りならば、今後はお城で暮らすでしょうから礼儀作法も覚えましょうね」


「はい、お願いします」


 しっかりした少女に頷きながら、アデーレは先の心配を口にしなかった。彼女が萎縮しても困る。


 もしリリス様のお取り巻きになるようなら……貴族家の肩書きが必要になるでしょう。その場合は、この子を養女にして肩書きを与えればいいわ。お風呂に入れた際に接した感覚で、養女にしてもいいくらいには、ルーサルカを気に入っていた。

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