442. 楽しみを邪魔する強烈な横槍

 鳳凰アラエルの背に再び乗せられたピヨは、空飛ぶ災厄となっていた。人々が吉兆の神獣として崇める鳳凰が舞う先で、鸞鳥ピヨは容赦なく炎を放つ。レンガ造りの建物が多い首都は、火事への対策を兼ねているのだろう。燃えやすい素材を極力減らした都も、鳳凰族には勝てなかった。


 街の建物は火が燃え広がるのではなく、吐いた炎が直撃したレンガが溶けてどろりと流れ出す。溶岩に似た流れの周囲で、馬車や窓枠など木材が発火した。逃げ惑う人々を追いかける形で炎を吐く。それでも街の北側だけに限って攻撃しているのは、他の区画を精霊や魔獣が駆けまわっているためだ。


 間違えて魔族を攻撃したら気の毒だ。そこはルシファーの指示もあり、人族が逃げ込んだ北側を任されたアラエルの飛行技術により、魔族の安全が担保されていた。


「ピヨ、上手だ。すごいぞ」


 褒め上手な番のアラエルに乗せられたピヨは、ご機嫌で足踏みしながら首を左右に振る。溜めた炎を勢いよく吐き出した。途中でたまにアラエルの翼にぶつかるが、鳳凰同士は互いを傷つけない。アラエルが翼で炎の向きを変えて、きちんと地上に叩き落とした。


「ピヨ~!」


 地上が熱くなった頃、聞き慣れたリリスの声に呼ばれる。足元はすでに爆撃する場所が残っていなかった。大炎上する街を一周回って、アラエルは都中央の魔王めがけて下降する。


「とまれ!!」


 叫んだヤンの上に、ピヨが勢いよく飛び降りる。あたふたして背中で受け止めたフェンリルが、飛び上がった。


「あちっ!!」


「あ、ママごめんね」


 先ほどまで炎を吐いていた熱いくちばしが、ヤンの耳に触ったらしい。それでも我慢してピヨを落とさないあたり、しっかり母親役が身についていた。魔獣と一緒に街を走っていたヘルハウンドが戻り、息子のセーレも顔を見せる。アラエルが降り立つと、商家の前は一杯だった。


 小山サイズのフェンリルが2匹いる時点で、すでに狭い。アラエルも翼を畳んで小さくなるが、窮屈さは大して変わらなかった。ヤンがまず小型化し、セーレも従う。


 リリスが手を振りながら興奮した様子で声をあげた。


「パパ、あれすごい!!」


 彼女が指さす先に、巨大な魔法陣が浮かんでいる。街全体を覆う魔法陣を読み解く前に発動した。




 ドン!!


 派手な爆音の直後に、まず音が消えた。強烈な光が走って闇が消える。光が拡散していき、ルシファーはゆっくり目を開いた。最初に確認したのはリリスの無事だ。両手で目を覆う幼女は「もう平気?」と手を離した。


 手の平で目を隠した仕草が可愛くて、頬にキスをひとつする。足元の勇者アベルは、背負ったはずの聖女の上に覆いかぶさっていた。咄嗟に庇ったのだろう。背後に控えたイポスが剣を抜いているが、明るすぎた光に手を翳して目を細める。


「陛下、状況がわかるまで私の後ろへお下がりください」


「いや……危険ならなおさら余が先頭に立つべきであろう」


 人族ならば王侯貴族は真っ先に逃げる。しかし魔族の王は人々の先に立つのが役目だった。一番高い能力を持つのが魔王ならば、もっとも敵に対して有効な存在なのだ。民を守ることを自ら選んだルシファーに、配下の後ろへ下がる選択肢はなかった。


「陛下」


 光が薄れて出来た影に、アスタロトが姿を現す。一礼して斜め後ろに控えた。すぐに転移魔法陣がひろがり、ベールとルキフェルも顔を見せる。最後にベルゼビュートが駆け込んだ。4人の大公が揃った状況に、リリスは「アシュタ、ベルちゃん、ロキ、ベルゼ姉さん」と指さして喜ぶ。


「なんだ、全員きたのか」


 呆れたと笑うルシファーが、銀の瞳をわずかに細める。感じた危険に対して誰よりも早く反応した。右手に呼びだした魔法陣を斜め左上にかざす。展開した結界の上に、大きな槍が突き立てられていた。しかし物理的な攻撃ではない。


「光の、槍?」


 魔法の基礎は火、水、土、風だ。その他にも属性はあるが、攻撃に使用されるのは4属性が主体だった。光を槍や矢にして攻撃することも理論的に可能だが、使用する魔族はいない。なぜなら光で作った槍の威力が圧倒的に弱いためだ。


 ぴしっ、乾いた音で結界にひびが入る。興味深そうなルシファーをよそに、アスタロトが内側に別の結界を展開した。次の瞬間、最初の結界が砕けて散らばる。ガラスが割れるような音がして、きらきらと結界の破片が光を弾いた。


「たいしたものだ」


 感心するルシファーが、ひらりと右手を振った。後ろで震えるアベルと聖女を包んだ結界の足元に魔法陣が生まれる。


「その魔法陣から出るな」


 安全を確保されたアベルは、震える唇で「はい」と返事を絞りだした。

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