441. 献上される獲物の品評会

※残酷表現があります。

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 ルキフェルが城門で魔法陣の爆発に悩んでいる頃、アスタロトは王族の指を切り落としていた。


「ぐぎゃぁあああ!」


「静かにしてください。まだ2本目ですよ」


 笑顔のまま、長くした爪で傷口を抉る。太った国王の膝の上にぽとりと落ちた指は、青紫に変色していた。指を折ってから切り落とすため、落ちた指は内出血で酷い色だ。それを拾って見せつけるように燃やした。


 怯える王太子と宰相を前に、さらに国王の指へ長い爪を近づける。次はどの指にしようか。あと8本も残っているし、足にも指はある。手足や胴体も含めたら十分楽しめるだろう。


「や、めろ! 何が聞きたいっ!?」


 切り刻まれる親の姿に、次は自分の番だと悟った王太子の保身の声に、アスタロトは笑顔のまま首をかしげた。さらりと金髪が流れる。見た目だけなら極上なのだが、消えない笑みと返り血塗れの指先が彼の残虐性を強調していた。


「聞きたいこと、ですか? 聖女は回収しましたし、異世界からの召喚方法も、召喚魔法陣の場所も、すでに配下の者が探り当てました。あなた方に価値はありません」


 情報はぜんぶ手元に揃っていると明かし、再び国王に向き直った。事実、参加した吸血種族とベルゼビュートの精霊が召喚魔法陣を発見している。双方とも隠された物を探すのが得意な種族だ。


 相変わらず窓のない地下室を選ぶあたり、学習能力のない人族に呆れてもいた。毎回同じような場所に隠していたら、隠し場所にならない。餌を隠す魔物ですらもっと賢いだろう。


「我が主に逆らう愚か者を殺すときが、一番楽しいですね。出来るだけ長く、この感覚を味わいたいと思っていますよ」


 ルキフェルには情報を得るためと説明したが、その直後にもたらされた同族からの報告で彼らの価値はゼロになった。もう面倒な手順を経ることなく、自由に処分して構わない。もちろん生かして帰す選択肢はなかった。


「手足を落とすと、あなた方はすぐ死ぬでしょう? ですから望み通り、多少なりと長生きさせてさしあげます」


 満面の笑みでアスタロトが魔法陣を床に刻む。


 外へ逃がさないための檻ではない。治癒力を上げる魔法陣の問題は、治癒を目的としていないことにあった。長く遊ぶために対象をもの、つまり当事者にしたらのろいに近い魔法陣なのだ。


 大量に出血しても補われ、傷は次々と治癒していく。消えた痛みをまた一から味わうための魔法陣は、ベールが考案してアスタロトが改良した傑作品だった。


「我が眷属とも遊んでいただきましょう」


 コウモリが数匹舞い降りて、ふわりと人型を取る。吸血種特有の鮮やかな赤いピアスを飾った彼と彼女らは、獲物を前に笑みを浮かべた。








「吐き気が……うっ」


 魔獣が得意げに持ち帰った獲物が、貴族らしき人間だった。勇者アベルは呻いて口元を押さえる。聖女は少し前に気絶していた。ある意味、もっとも有効な逃げだ。


 フェンリルを頂点とする魔獣達は、敬愛する魔王陛下や魔王妃に獲物を献上する習わしがあった。立派な獲物を献上することで、魔獣内での地位が変わる。そのため返り血を浴びながら追いかけまわした獲物を次々と並べた。石畳は狩られた大量の人間が転がり、流れた血が地を赤く染める。


 何度も得物を献上されたリリスは慣れており、魔獣達の獲物をぐるりと見回した。


「パパ、あの子! 一番立派なのもってきた」


 リリスが指さしたのは黒い毛並みの魔熊だった。やや大きめの身体を誇るように立ち上がって吠える。得意げな様子に目を細め、ルシファーは魔熊に近づいた。でっぷりと太った獲物は大量の宝飾品を纏っており、確かに見栄えがする。


「よくやった。我が妃がそなたの獲物を選んだゆえ、此度の献上品はこれを一番とする」


 儀式に似たやり取りの後、選ばれなかった獲物は彼らの餌になる。ちなみに選ばれた獲物も、ルシファー達は食べないので下賜かしする名目で魔熊に与えられるのだ。宝飾品類は魔獣にとって価値がないので、纏めて回収された。


「解散」


 セーレの号令で魔獣は再び街に散っていく。美味しくはないが、人族は魔族の食料と認識されていた。そのため腹が満ちるまで狩るのだろう。生存競争を止める気がないルシファーは、血塗れの宝飾品を魔王城の倉庫へ転送する。


「……アスタロトとベールが来たのか」


 魔力を感知して眉をひそめた。突然現れたが、珍しくこちらに顔を見せずに遊んでいるらしい。呼びつける必要もないので、ルシファーは「まあいいか」と呟いた。

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