427. 私が頂戴しますね

 くるりと向きを変えて、地面に懐いている魔王を放置する。そのままオレリアに抱き着いた幼女に声をかけた。


「リリス姫、もう陛下は嫌いですか?」


「嫌いっ! 怒るの、やだ」


 全力で拒否してオレリアの胸で泣く幼女に、アスタロトはにやりと笑った。言質を取ったと言わんばかりの態度だが、その背後で魔王が半分ほど土と同化しつつある。早くしないと魔の森の養分になりそうなルシファーは、突き刺さった言葉に半ば意識を飛ばしていた。


 嫌われた……もう終わりだ。彼女が喪われるなら世界を犠牲にしても守るが、嫌いと言われるたび胸が苦しくなった。リリスにこれ以上嫌われる前に消えてしまいたい。


「わかりました。では、ルシファー様は私が頂戴しますね」


 意味深な言い方をしたアスタロトに、リリスは驚いて顔をあげた。なだめてくると思ったのに、リリスと視線を合わせたアスタロトは同じ言葉を繰り返す。いつの間にか公的な「陛下、リリス姫」という呼び名は「ルシファー様、リリス嬢」と私的なものに直されていた。それが余計に恐怖を煽る。


「不要なのでしょう? 私はルシファー様が必要ですから、遠慮なくいただきます。ご安心ください。大切にしますよ、リリス嬢のことなど忘れてしまうほどに」


 心底楽しそうなアスタロトに、仲裁に入りたくても口を挟めないエドモンドとオレリアが青ざめた。離れた場所にいるドワーフは戦の前祝として酒を飲んでおり、耳のいいエルフは困惑顔だ。声が聞こえない他の魔族は、突然現れた側近の姿に首をかしげるだけだった。


 さっさとルシファーの元へ戻り、肩を貸して立たせる。汚れた白い魔王の髪や服に手を添わせて、汚れを落としていく。魔法陣ひとつで簡単に行使できる洗浄をわざとゆっくり行う、アスタロトの意図に気づいたルキフェルが口を開いた。


「ねえ、貰えるなら僕も欲しい」


「ダメですよ、私がリリス嬢から貰ったんです」


 振り返らずに言い切ったアスタロトの太ももに、拳が叩きつけられる。オレリアの手を離して駆けてきたリリスが、全力でアスタロトを叩く。物理的な攻撃で助かったと胸を撫でおろしながら、アスタロトはされるまま立っていた。


 感情に任せて魔法をぶっ放される可能性があったので、結界は用意したが使わずに済んだ。魔王に匹敵するリリスも今は幼女で、何とか防げるだろうと一芝居打ったのだが……かなり危険な手法だったと気づいて焦る。


「だめぇ!! パパはリリスの!! アシュタ、きらぃ! あげない……うわぁあああッ」


 大泣きするリリスは叩いたアスタロトの足元をすり抜け、俯いたルシファーにしがみ付く。驚いたルシファーが抱き返すことも忘れて立ち尽くしていると、リリスが抱っこをせがんで手を伸ばした。


「パパぁ、パパっ」


「リリス?」


 困惑顔で手を伸ばして、触れる手前で戸惑う。求められているのか、判断がつかないのだ。先ほどの拒絶を聞いてからの記憶がちょっと曖昧なルシファーをよそに、リリスは必死に背伸びして指先を掴んだ。ぐいっと体重をかけて引っ張るため、せっかく綺麗にした髪がまた汚れた。


「パパ……っ、リリスの、だもん」


「あ、ああ」


 そうだなと相槌を打って、身体に馴染んだ所作で抱き上げる。常に腕にリリスの重さがないと落ち着かないルシファーは、状況が理解できないまま幼女の背を撫でた。首に手を回して泣き続けるリリスの言葉は、しゃくりあげて聞き取れない。


「っ…、あ、ぱぱぁ……ご、め……ちゃぃ」


 どうやら謝っていると判断して「オレも悪かった」と返せば、抱き着いたリリスが濡れた顔を首にこすりつけた。

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