426. 禁句炸裂で緊急召喚されました

「リリスは新しい魔法の匂いがする」


 予言めいた発言の主ルキフェルが帰らないので、代わりにベルゼビュートが持ち場変更となった。彼女には先行した魔獣の統括を依頼する。魔王と魔王妃の警護はルキフェルが引き継ぎ、書類整理が残るアスタロトは珍しく留守番役となった。ベールは通常任務の魔王軍を指揮するため、緊急時の予備兵力として待機だ。


 この役割を決めても、ルシファーに何かあればアスタロトが留守番などするわけがない。誰かを強制送還してでも駆け付けるのは決定事項だった。


「もう大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」


 平らな大地の上の有難さを噛みしめながら、アベルは魔王ルシファーに声をかけた。しかし彼は取り込み中で、兎を抱く愛娘にかかりっきりだ。頷いたので、話は聞こえていただろう。


 膝をついてリリスの肩に触れて、説明を続けた。最初は恐いイメージがあったが、現在は気さくで子煩悩なお父さんにしか見えない。甘やかすだけではなく、きちんと魔法を使う怖さや危険を伝えて理解させようとする姿勢は、親として立派の一言だった。


 ただし、リリスは半分も理解していない様子だ。


「もし兎が爆発したら困るから、魔法を使う前にオレに話して」


「魔法してないもん」


「兎の毛を生やしただろう?」


「勝手に生えたんだもん」


 ぷくっと頬を膨らませ、唇を尖らせた幼女はただひたすらに可愛い。叱るルシファーの頬が緩んでしまうのも、まあ理解できる。だがルシファーは緩む頬や口元を引き締めながら、説得をなんとか続行した。


「でもリリスが生やしたんだぞ」


「知らない!」


 癇癪かんしゃくを起したリリスは、自分が悪いと思っていない。オレリアが汚れたから綺麗にしただけ、兎の毛がなくて可哀想だから撫でただけ。彼女は特別なことをした自覚がなかった。だから魔法を使うなと言われても、意味が分からないのだ。


「リリスは前より魔力が増えたから。本当に危ないよ」


 ルキフェルがルシファーを援護したことで、地団太を踏んで怒りだした。いつでも自分の味方をしてくれたルキフェルの裏切りに憤慨ふんがいしている。膝をついたルシファーの手を振り払い、大声で叫んだ。


「もうやだぁ! ロキちゃんもパパも、!!!」


 うわーんと泣きながらオレリアの足にしがみ付く。リリスの手から落ちた茶色い兎が移動して草をみはじめた。原因となった兎に、当事者の自覚は皆無だ。


 がくりと膝から崩れ落ちた魔王の純白の髪が、足元に広がる。咄嗟にアベルが手を伸ばして、髪を受け止めた。危うく吐しゃ物塗れになるところだった。その努力を無にするように、さらに崩れて地面に蹲る。純白の髪が多少汚れたが、彼はそれどころではなかった。


 愛するリリスに「嫌い」と言われた破壊力はすさまじく、人目もはばからず泣き出す。現時点では髪で隠れているが、周囲にバレるのも時間の問題だった。焦ったルキフェルが人物指定した召喚魔法陣を展開する。


 その場に召喚されたのは……ルシファーの尻ぬぐい役側近だった。書類整理をしていたアスタロトは、触れていた物すべてを連れて森に転移する。足元には絨毯が敷かれ、執務机と椅子、手にした書類までセットだった。


「……何事ですか」


 機嫌が悪い時の地を這う声を響かせるアスタロトに、ルキフェルは半泣きのルシファーを指さした。怪訝そうな顔をしたアスタロトに、今度はオレリアに抱き締められたリリスを示す。


「リリスが僕とルシファーをって言った」


 短い説明で状況が伝わるのか。困惑顔で髪を支えているアベルにも視線が向けられ、金髪の美形は頭を抱えて溜め息を吐く。


「勇者アベル、その手は離して結構ですよ。陛下……陛下」


 呼びかけても動かないルシファーは、全身を囲う髪が檻になった状態でいじけていた。放置するとずっと浮上しないだろう。頭上に暗雲垂れこめる魔王など、森の中に放置したら危険極まりない。間違えて魔物が踏んだら、魔の森が吹き飛ぶ騒動に発展しかねなかった。


 心配そうな魔族達の視線も気になる。ドラゴンやら龍やら、上位種に分類される魔族がおろおろしていた。オレリアも困惑顔でリリスの頭を撫でる。アスタロトの言葉に従ったアベルが離した髪は、無残な状態になった。しかし誰も指摘しない。


「いい加減になさい! それでも我が忠誠を捧げた主ですか!」


 叱りつけても浮上しないルシファーの姿に、アスタロトは作戦を変えることにした。

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