304. 物で釣るのはおやめください

 激しい音と雷の眩しさに、ヤンは顔を手で覆った。伏せた状態で顔を隠すと、焦げ臭さが漂ってくる。恐る恐る手をどかすと、王城は燃えていた。


 落雷による火事は魔の森でも発生する。すぐに水属性の魔族が集まって消火するので、あまり大きな火事にはならない。魔の森が燃えると、住まう魔族は魔力を吸い取られて危険なのだ。消火は最優先事項だった。しかし消火しなくとも、ある程度燃えると森自体が火を消す作用もあるらしい。


 過去の文献に載っていた事例だが、木々が地中の水分を集めて、燃えにくいように自衛した話が残っていた。


 現実逃避を兼ねてぼんやり考え事を始めたベールだったが、我にかえるとヤンの毛皮に埋もれて頭を抱えた。隣で興奮している幼女による落雷なのは間違いない。


「陛下」


「わかってる」


 続け様に落ちた雷が、大きな建物を崩していく。持ちこたえられない建造物が倒れ、瓦礫の山が量産されていた。これ以上の破壊行為は不要だ。


「待って、リリス」


「なぁに?」


 驚いたルシファーは、腕の中で身を揺すって喜ぶリリスの顔を覗き込んだ。雷属性は、使い手を選ぶ。リリスは簡単そうに扱っているが、魔力の消費が大きく、当人や周囲への被害も含めて危険な魔法だった。そのためリリスには、ルシファーの許可がなければ使わないよう言い聞かせたはずだ。


「勝手に雷を落としたらダメだろう?」


  オレと約束したよな? そんなニュアンスの問いに、リリスは少し考えてから不思議そうに答えた。


「だって、パパいるよ?」


「うん?」


 意味がわからなくて反芻してみる。ルシファーがいない場所で使うと危険だと約束したが、この場にルシファーがいるなら問題ないと判断した――そう聞こえた。いや、間違いなくその意味だろう。


 赤い瞳で邪気もなく嬉しそうに笑う幼女は、褒められると思っている。きちんと約束を守ってパパがいる場所で使ったのだ。危ないと前回言われたことを教訓に、ちゃんと遠くの建物に落とした。


「そうだ、な……ちゃんと約束は守れてるぞ」


 納得して褒めながら、どうやらリリスにはきっちり細かな部分まで指定して言い聞かせないと、抜け道を探されてしまう現実に気づいた。アスタロトあたりの影響かも知れない。


「次の約束をしよう。雷はオレの許可が出るまで勝手に使わない。約束できたら、ずっとお菓子の出る器をあげよう」


「陛下、物で釣るのはおやめください」


 ぼそっと注意されるが、リリスは真剣に考え込んでいた。唸りながら悩んだ末出した結論は「うん、いいよ」の一言だった。


 ほっとしながら、収納魔法から美しい器を取り出す。透明の器の上部に鮮やかな紅石が埋め込まれていた。その箱に見覚えのあるベールはがくりと肩を落とす。魔王城の宝物庫に飾ってある宝石ケースだ。


 透明に見える器は大きな金剛石から掘り出したもので、ルシファーが倒した巨大な竜の額に輝いた紅石を溶かすように埋め込んだ芸術品だった。子供の玩具に与えるような価値の物ではない。


 開いた中は指輪などの小さなジュエリーサイズで、飴が1つしか入らない。焼き菓子を入れても、1〜2枚程度だろう。


「これ、どうするの?」


「一度出して閉じるんだ。開くとまた入ってるぞ」


 説明しながら器を渡すと、リリスは美しい蓋を開いた。出てきた焼き菓子を取り出して、ルシファーの口に入れる。蓋をして中を覗き、新しいチョコに目を輝かせた。


「すごいね! ありがとう、パパ」


「どういたしまして。約束を忘れるなよ」


「雷はパパがいいって言ったら落とすの!」


「いい子だ、リリス」


 頬にキスをして、どうだと得意げにベールを振り返る。しかし隣にいたはずの男はいつの間にかヤンから下りていた。魔獣と共に戻ったベルゼビュートが、軍服姿のベールに報告を行う。


「ただいま戻りました。姫」


 王宮の掃討戦をしていたイポスが転移で戻る。徐々に揃う魔族の無事な姿に、ルシファーは目を細めた。


 懸念事項はほぼ片付いたな……安易にそう考えたルシファーの元へ、魔王軍の制服を着た青年が1人現れる。転移で戻った彼の軍服は血で汚れ、右腕にケガを負っていた。膝をついて報告を始める。


「アスタロト大公閣下が、負傷なされました」

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