1362. 受け入れに追われる――前日

「リハーサルとかないんっすね」


 アベルは最後の調整に呼ばれた部屋で、衣装の色を確認しながら呟いた。その聞き慣れない単語に、全員が首を傾げる。


「りはーさる、とは何だ?」


「あ、えっと。予行演習かな」


 日本語に直してさらに自動翻訳されて伝わった概念に、大公と魔王は顔を見合わせた。それから不思議そうに問い返す。


「どの部分を事前に練習するんだ?」


「ほら、結婚式の立ち位置とか。映える場所ってあるじゃないですか。事前に衣装と同じ色の布をもって並んで、バランスを確認したり。しないんっすね」


「事前に見せてしまったら当日の喜びや驚きが半減します」


「当日だけで失敗したことはありませんよ」


 言外にアスタロトが「失敗など許さない」と言い切った。過去には立后でリリスがワイバーンに攫われた経緯もあるが、あれは突発事件であり事前予習では防げない。だから失敗と考えていなかった。


「うーん、俺のいた世界だと普通にリハーサルしてたんで。なんだか不安ですね」


「不安を払拭するためにリハーサルするの?」


 ルキフェルが大きく首を傾げる。そこでアベルは気づいた。自信過剰な大公や魔王相手に失敗の不安を語っても、彼らは理解できない。順番の確認をしているジンやグシオンなら同意してくれるかも! 期待を込めて彼らを呼び、同じ話をした。


「事前に見れるなら、もっと多くの人に観てもらえますね」


「当日仕事をしてる侍従達には、事前に……または別の機会を作って見てもらう方法もあるな」


「あ、うん」


 何やら自分が小さく感じる。彼らにも失敗の不安はなくて、他の人の心配をしてるんだから。これは人種と言うか、育ちの違いなんだろうか。ぽんぽんと足の先を叩く翡翠竜は目を輝かせ「わかる」と同意した。


 仲間! がしっと手を取りあったが……アムドゥスキアスは思わぬことを口走った。


「わかるぅ、僕も失敗したらどんなお仕置きされるかと思うと……胸が高鳴って、興奮しちゃう」


「……近寄るな、変態」


「ひどっ!」


 翡翠竜と繋いだ手を振り払う。危うく変態に同族認定されるところだった。そんな無駄話を挟みながらも確認はすべて終わり、今夜の前夜祭に向けて婚約者や来客のフォローに当たる。片手でも食べられるよう用意されたパンを手早く口に入れ、彼らは与えられた現場へ移動した。







 女性達はゆったりと午前中をエステで過ごした。エルフや侍女の努力で、艶々に磨かれた体や髪を整えて用意された公式衣装に袖を通す。優雅にスコーンとお茶で昼食を軽めに済ませた。


 大公女は4人の属性が分かれていることもあり、公式衣装は決められた模様が入っている。クリーム色のドレスは同じ絹でお揃いだった。属性を示す地模様が織り込まれた裾や袖が特徴的だ。流水模様のルーシア、シトリーは風を示す斜線、レライエの炎、葉が舞い散るルーサルカ。一目で属性が分かる。


 ドレスに合わせて作られた真珠の髪飾りを身に着け、髪を軽く結い上げた。半分ほど流しているのは、まだ未婚だと示すためだ。各地から集まる貴族や民を決められた宿泊地へ案内するのは、大公女に与えられた大切な仕事だった。


「急いで! 早くしないと」


「待って、靴がまだなの」


 裾を踏まないよう摘まんで階段を駆け下りる彼女達は、途中でアデーレに注意される。お淑やかさを失わず最速で歩き、中庭の巨大な魔法陣の前に立った。魔法陣の周囲には小さな模様がたくさん刻まれている。これは各地からの座標指定だった。転移自体は巨大魔法陣が担当する。


「いらっしゃるわ」


 光り始めた魔法陣の前で裾を摘まみ、並んだ少女達は大仕事に緊張を滲ませた。神龍、竜人、エルフ、様々な人々を手分けして案内する。玄関口で微笑みを浮かべて受け入れる大公女に、彼らは敬意を払ってくれた。口々に祝いを口にし、待っていた侍女や侍従の案内で各地に散っていく。


 夕方近くまで受け入れを続け、分刻みの忙しさに塗りつぶされた大公女達は、用意された椅子に座り込んだ。足も痛いが、何より顔が引き攣っている。もうダメだわ。でも前夜祭はこれからなのよね。まだ何も始まっていないのに、すべてが終わったような疲労感で息を吐く。


「これからだわ。楽しみましょう」


 気合を入れ直したルーサルカの言葉に、慌てて3人も顔を引き締めた。楽しい夜はこれからだ!

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