815. 危険な夜道

「さ、先に帰ろうか。リリス、薔薇のお風呂を用意するぞ」


 純白は最強の魔王の印。しかし最強と称えられる魔王であっても、怖い者は存在する。底の見えない笑顔で慇懃無礼に振舞う部下から距離を置こうと、ルシファーは逃げの一手を選んだ。


「……でも、ルカのお婿さん探しが」


 リリスは星降祭りである今夜中に恋人を見つけてあげたいと考えている。シトリーが幼馴染らしき青年と知り合ったのだから、ルーサルカも誰かいないかしら。とても可愛いし、素敵な尻尾を持っている大公令嬢である。引く手あまたのはずなのだ。リリスは諦めていなかった。


「今夜はアミーと一緒にいますので、恋人探しはまた今度にしますわ」


 寿命は長い。次の即位記念祭まで待たずとも、いくらでも出会いはあると笑って頭を下げた。何より、隣でブリザード並みの冷気を放つ義父との話し合いが終わらなければ、うっかり恋人を作れない。選んだら、次の日に相手が失踪する気がしたのは、間違いないと思う。


 ひきつった笑みのルーサルカは、腕の中の子狼を理由にリリスの興味を反らす作戦に出た。


「ルカがそれでいいなら……しかたないけれど」


「ご心配ありがとうございます。ルーシアと一緒にゲーデさんのところに顔を出して、アミーを返したら城に戻ります」


 丁寧に帰り道の説明をしたのは、アスタロトの視線がルーサルカに向いているせいだ。男の家に寄り道する予定はないと断言し、ルーサルカは狐の尻尾を振った。


「わかったわ。先に帰るけど、気を付けてね」


「心配は要りません。我々が護衛しますから」


 イザヤが鞘に入れた剣に手を置いて護衛役を買って出たことで、ようやくリリスも頷いた。ルシファーに抱っこされたリリスが消え、アスタロトは罪人を繋いだ綱を掴んで声をかける。


「アデーレには説明しておきます。帰ったら彼女に顔を見せてください」


「わかりました。お義父様」


 ここは仕事での命令ではないから、私的な呼び方の方が相応しい。そう判断したルーサルカの受け答えに満足そうに頷き、アスタロトは転移した。血塗れの人身売買犯ごといなくなり、現場は一気に静かになる。


「送っていこう」


「そうだね。女の子だけじゃ危ないから」


 イザヤとアベルの申し出に、顔を見合わせた少女達は「お願いします」と素直に申し出を受け入れる。腕の中のアミーは疲れたのか、しがみついたまま眠ってしまった。可愛い寝顔に頬を緩め、ルーサルカが耳と耳の間を優しく撫でる。


「ルーサルカちゃんって、可愛いよね。すごく優しそうな笑い方するし」


 アベルがさらりと褒める。女好きだが誠実というか、正直すぎる彼は息をするように女性を褒める癖がある。これが余計に周囲の女性を勘違いさせるのだが、彼は悪癖だという自覚はなかった。空気を読まない後輩の頭を小突き、イザヤが「行くぞ」とぶっきらぼうに言い放つ。


 歩き出した彼らに挟まれた少女達は、薄暗い夜道を城下町の方へ歩き出した。


「そういえば、帰るときにゲーデさんにも城に戻るよう説得した方がいいわね」


「呼び出されて危険な目にあったのだし、そうお願いするつもりよ。やはり城の中は安全だもの。部屋が気に入らないなら、お義母様に変えていただけるよう話してみるつもりなの」


「それなら安心だわ」


 魔王妃の盾として、守るべき存在へ心砕くことは日常だ。まだ中学生程度の外見でも、彼女らは魔王妃の隣で、英才教育を受けた優秀な側近だった。当たり前のようにゲーデやアミーを気遣う彼女らに、アベルが感心しながら話しかける。


「その年齢でもう働くの、偉いなぁ」


「役割を持つ者の義務であり、貴族としての誇りですもの」


 ルーシアがにっこり笑って返した瞬間、イザヤが剣の柄に手を置いた。頭の後ろに腕を組んで歩いていたアベルも戦闘態勢を取る。きょとんとするルーシアを庇う位置に立つイザヤが目くばせすると、本能的な恐怖を感じ取ったルーサルカをアベルが背で隠した。


「っ! こそこそと、やり方が汚ねえんだよっ!!」


 叫んだアベルが抜き放ったオリハルコンの剣から、鋭い光が放たれた。

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