816. 襲撃されたら反撃を

 雷に似た閃光が走るが、雷ではなかった。魔力消費量が多く使い手を選ぶ雷魔法に似せた光は、前世界の知識を具現化したものだ。レーザー光線が近いかも知れない。光で物が切れる。その知識を応用した攻撃が茂みを切り裂いた。


「くそっ」


 片腕に怪我をした竜人が飛び出す。後ろから武器を構えた神龍や獣人も現れた。混合チームの中に人族らしき人物も混じっている。


「……意外と使える」


 魔法の威力に自分で驚くアベルが、手にした剣をマジマジと眺めた。魔力が増幅されたのは、剣のおかげだ。希少金属で作っただけの剣ではなさそうだった。アベルは読めないため装飾と判断したが、剣の柄や刃にも浮かぶ模様はすべて魔法文字なのだ。各属性の力を増幅し、跳ね返し、吸収して還元する輪が刻まれていた。


「来るぞ」


「あいよ」


 イザヤの緊迫した声に応じたアベルが、飛びかかった男の爪を弾く。鋭く長い爪が剣の刃表面を走った。切り落とす勢いで振り払い、後ろのルーサルカへ叫ぶ。


「絶対に離れないで」


「……っ、わかったわ」


 助けを呼ぼうとしたルーサルカに、ルーシアも駆け寄った。2人の少女と子狼を守る形で肩を並べる日本人が、ひとつ大きく息を吐く。居合いや剣術を習ったイザヤと、部活程度の付け焼き刃だが戦う気で武器を操るアベル。互いのタイミングと呼吸を合わせるのは、2年以上の経験がある。簡単に崩される気はなかった。


「手足の一本くらいしょうがねえ! やっちまえ」


 後ろの神龍らしき男の一声に、獣人や竜人の表情が引き締まった。どうやら手加減されていたらしい。この時点で獲物認定が、アミーだけじゃないと気づいた。日本人も希少種であり、獣人とのハーフであるルーサルカ、精霊族の貴族令嬢であるルーシア、人狼の子狼アミーに至るまで。高額な獲物がぞろぞろ歩いていたのだ。狙われるのは確実だった。


「ふっ」


 呼吸を詰めて、敵の剣を受け止めたイザヤが、鍔迫り合いとなる。吐息がかかる距離まで近づいた相手に、少し力のかかる方角を変えてやった。タタラを踏んで転んだ男の背に、大きく切りつける。派手に血飛沫をあげたが、傷は深くなかった。力を込める前に、相手が身体を伏せて逃げたのだ。


 一瞬迷ったイザヤだが、まだ敵はいる。手傷を負った剣士をそのままに、頑強な鱗と爪を武器にかかってくる竜人と組み合った。向こうは5人、こちらは子狼まで入れて同じ人数なのだ。1人ずつじっくり相手をしていたら、回り込まれてしまう。


「あぉおおおおおん!」


 目の覚めたアミーが大きな雄叫びを上げる。子狼特有の甲高い声だった。子供の悲鳴は音域が高く、遠くまで届くという。すぐに応じる遠吠えがあった。もしかしたら、ゲーデかも知れない。


 舌打ちした獣人が距離をつめる。左右にフェイントを混ぜながら距離を縮め、爪を振りかざした。それを剣で防いだアベルだが、体格差で押し倒される。上からのし掛かる獣人の重さに剣が下り、必死に押し戻す彼の肩に獣人の牙が突き刺さった。


「ぐぁ……っ」


「アベル?!」


 刃物で切るのとは違う。生きたまま餌を食らうように引き裂かれる肉から血が溢れ、剥き出しの神経に牙の先が刺さる。激痛に怒りが沸いた。やられてたまるか、その意地だけで手足を動かす。腹を蹴飛ばしたアベルの反撃に、獣人は悲鳴を上げて転がった。


 ルーシアに子狼を預けたルーサルカが、土で作った棍棒を獣人の上に叩きつける。頭の脇に落ちた棍棒を魔法の起点として、硬い岩で獣人を拘束した。いわゆる簀巻状態である。縄ではなく岩なので、引っ張ろうが噛みつこうが取れる心配がない。怒りと恐怖で、魔力を込め過ぎたルーサルカが額に浮かんだ汗を拭った。


「大丈夫? ルカ」


「ええ、アベルの血を止めなくちゃ。それと今から」


 お義父様を呼ぶ。そのための魔力を流そうと呼吸を整えた彼女に、忍び寄った男がナイフを突きつけた。背中から羽交い締めにする形で喉を押さえられ、ルーサルカは声が出せない。


「おい、その手を離せ」


 背に傷を負った男は、見た目は人族のように特徴がない。さきほどイザヤと組み合った長剣を捨て、短剣の先をルーサルカの喉に這わせた。わずかに血が滲み、ひりひりした痛みに肌が怯える。ルーサルカは抵抗できずに、小刻みに震えた。

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