1167. 寂しくて大暴走

 アムドゥスキアスは、婚約者レライエの魔力を感じてのそのそと窓から顔を出した。魔王とリリスが抱き合う後ろで、彼女の背中がみえる。ここから飛び出すと叱られるでしょうか。でもすぐに近づきたい。そわそわしながら、廊下に飛び出し階段を転げ落ちたところで、コボルトのフルフルと激突した。


「痛いぃ」


「ごめんなさい」


 お尻を後ろ足で蹴飛ばしてしまったため、丁寧にお詫びする。苦笑いして許してくれたフルフルに頭を下げ、翡翠竜は開いていた扉から駆け出した。だが、ショックを受けて立ち止まる。


「僕のお嫁さんが……子ども、抱いて……え?」


 頭が真っ白になったところに、赤子を抱いたアデーレが近づく。通り過ぎた侍女長が魔王城の結界に弾かれる。自動防御装置が働いた? じゃあ、あの子どもは処分しなくちゃ! そうだ、ライと僕の未来のために。


 とてとてと歩くアムドゥスキアスがふわりと浮き上がる。巨大化して赤子を踏み潰そうとしたところで、ストップがかかった。


「アムドゥスキアス、それ以上は敵対行為と見做すぞ」


 魔王ルシファーだ。実力行使でがっちり魔力の網で拘束されたが、それを引き千切ろうと暴れる。あの子どもは処分しなくちゃ。魔王城の防御に引っかかる赤子を産んだなんて、彼女の経歴に傷が……っ!



「アドキス、おいで」


 強い声でレライエが呼ぶ。オレンジ色の髪が頬にかかった彼女は、急いで走ってきたらしい。少し呼吸を乱しながら手を伸ばした。その手を取るには、今の巨大なドラゴンの形態では無理だ。でもあの赤子を。


 きょろきょろと赤子と婚約者を交互に見る翡翠竜の様子に、ルシファーがゆっくり距離を詰めた。レライエも近づく。困って俯いたアムドゥスキアスへ、ルシファーが声を掛けた。


「あの赤子は拾ったばかりだ。種族不明で反応したのかも知れない。殺すのは早過ぎるぞ」


「でも……っ、ライに責任が、だって……」


「私の子じゃない。拾っただけだぞ? 妙なことを言い出すな」


 叱られて、ぺちんと鱗の足を叩かれる。くしゃっと表情を歪めて、翡翠竜はいつもの小さな姿に戻った。泣きながら抱き着く婚約者の背を撫で、誤解だと何度も言い含めるレライエ。置いていかれて寂しかったこともあり、以前の婚約者のトラウマもあるアムドゥスキアスは過剰反応した。鼻水を拭いてもらいながら、笑うレライエにしがみ付く。


 これはしばらく鬱陶しいだろうな。呆れ顔のルシファーだが、困っているアデーレの腕の子を一人抱き上げる。


「困りましたね。普段ならルキフェルの研究棟に預ける方法もあったんですが……」


 現在崩壊している。立て直しには半月以上かかりそうだった。まだ瓦礫が残る中庭で、魔王と側近は溜め息をつく。 


「アベルに預けるか?」


「アンナ嬢が出産前なので負担ですよ。それくらいならうちの城で預かります」


「いや、それはトラウマものだろ」


「どう言う意味ですか」


 むっとしたアスタロトの声に、ルシファーはしれっと言い切った。


「あの城で育ったら恐怖で毎日怯えそうだ」


「ストラスはちゃんと育っていますよ?」


「アデーレがいたからな」


 今のアデーレは子どもが独立したため、漆黒城の女主人ではなく、魔王城の侍女長だ。魔王城に住んでいる以上、漆黒城で赤子の面倒を見る存在が必要だった。


「……ベルゼは?」


「どこかに忘れてくる可能性が大きいので」


 最近もレラジェを預けて回収しなかった事例がある。そう言われると唸ってしまう。大公女を含め、ほぼ全員が魔王城内に住んでいるので、中に連れ込めないだけで預かれる人の幅が一気に狭まった。


「ルシファー、簡単よ。私達があの小屋で面倒見るわ」


 お姫様思考のリリスが笑顔で提案する。つまり今日から別居……そんなことを魔王が許すわけがない。


「絶対にダメだ。他の方法を考える!」

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