1168. 数が足りないな

 いろいろ検討した結果、ベルゼビュートの温室を借りて育てることになった。中庭と繋がる庭の延長上にあり、魔王城の魔法陣が影響しない場所が他に見つからなかったのだ。子どもが安心して休める屋根付きの建物……城門も検討されたが、何分にも騒がしい。寝ている最中に襲撃があったら起こしてしまう。


 ベルゼビュートの許可は後で取るとして、次の問題は赤子の面倒をみられる人員だ。ベリアル達はアデーレを含め、通常の業務がある。大公も子育てに関しては経験が足りなかった。そこで立候補したのがリリスだが、あっさり却下される。


 ダンスの練習があると大公女達に連れられていったが、この状況で意外な者が名乗り出た。


「陛下、我らがしばらく見ておりますゆえ」


 ヤンである。本人は引退したが、実際のところまだ現役でも通用する。我が子が育ち嫁を貰ったので、さっさと勇退した。狼は犬と一緒で複数の子を産む種族であるため、若い同族に子育て教育するついでだと言う。断る理由もないので任せることになった。


「夜は温室に入れますが、昼間は外で構いませんな」


 初っ端からスパルタだった。赤子達はハイハイが出来るようになったばかりだが、芝生の上を元気よく移動している。噴水や花壇に近づくと、魔狼達がそっと誘導して芝生に戻した。中にはごねる子もいるが、着せたベビー服の襟を咥えられて強制的に芝に置かれる。


「……毛皮と鱗はないね」


 戻ってきたルキフェルは観察しながら首を傾げた。人族殲滅には直接参加させてもらえなかったらしく、不機嫌そうに帰ってきたのだが……新たな興味対象を見つけて夢中になっている。楽しそうで何よりだ。座り込んでヤン達の奮闘を眺めるルキフェルは、ついに芝に寝転んだ。


 記憶が退行したため、幼児だった頃の感覚なのだろう。ごろんと寝転んだ彼は、水色の髪に芝がつくのも気にせず肘をついて身を起こす。


「角と翼だけじゃ、成人後の姿が想像できないな」


 やはりアスタロトと同じような発言をしている。事実、ルシファーもこの形態の赤子に記憶がなかった。5万年前と1万年ほど前に記憶が欠けているが、その頃の記憶でも確認しようか。だが、逆にアスタロトも覚えていないなら、当時に新種族が生まれた可能性はなかった。唸りながら芝の上に直接座ったルシファーのところへ、ルキフェルが転がってくる。


「ルシファー、わかる?」


「いや、記憶にない」


「人族が滅びるから、代わりかなぁ」


 可能性としてはゼロではないが、確証はなかった。そもそも新種族が生まれた場合に、赤子で発見された事例は少ない。他の種族の赤子だと思って育てたら、実は違っていたことはよくあるが。このように複数が一度に見つかるのは初めてじゃないだろうか。


「新種族の可能性を視野に入れて、魔狼達に預けることにしたんだが……」


「何か懸念があるの?」


「ベビーベッドの数が足りないな」


「そうだね」


 ルシファーの指摘に、ルキフェルが目を丸くした。だがすぐに同意する。リリスが使っていたものは永久保存版だから別にして、レラジェが使ったベビーベッドはヴラゴが使用中だ。街から調達して間に合うか?


「ダークプレイスに、不要なベビーベッド回収の連絡したら? 意外と集まるかも」


 ルキフェルの提案に飛びついたルシファーが、城下町ダークプレイスで魔力経由の通知を飛ばしたところ、数十台の申し出があった。どの家庭でも捨てられずに保管していたらしい。思いがけない状況に、収納魔法が得意な者が手分けして回収して歩いた。


 僅か1日で集まったベビーベッドの数、127台。その後に話が飛び火した各地から送られ、処分方法に頭を悩ますことになるが、それは数日後のことだった。

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